サリー便り7月編
サリー便りもいよいよ終盤です。21日にギルフォードを引き払い、その後は、1月ほど欧州をブラブラして、また私だけは韓国に立ち寄って帰国する予定です。
7月21日以降については、サリー便り「帰国の途」編として纏める予定ですが、旅先で書き綴るのは意外と大変なので、今回限りになるかもしれません(ホッとしないで下さい、笑)。
迷惑メールの一種であることを自覚しつつも、海外にいるから許されるだろうとの私の甘えと、100人いれば100の英国体験があることを盾にした個人的かつ、時として暴言に近い記述に対して、寛容の精神で1年近くお付き合い頂いた皆様に、感謝すると同時に、御礼申し上げます。
ちなみに今月のテーマは「慌ただしさ」でしょうか。内容というよりも出来の悪さにそのことは如実にあらわれています。ご勘弁ください。
7月1日<清く正しいだけでは生きてはいけない>
7月3日<サービスの原点は、たわいもない心地よさにある>
7月6日<インターネット・ショック>
7月10日<映画パトリオットの波紋>
7月11日<航空会社の不思議>
7月20日<引っ越し作業にあらわれる性格>
7月21日<今後の予定>
7月1日<清く正しいだけでは生きてはいけない>
明日英国を離れるS君と、4時前にピカデリーで会い、パブ2軒をはしごしたあと、日本料理店で、N君一家ともども、ご馳走になった。帰りの列車の中では、寝ないように頑張っていたつもりが、いつのまにか寝込んでしまい、日本と変わらぬ乱行に、ちょっと気を引き締めないといけないと反省した。
S君から聞いたブラジルの話は非常におもしろかった。そのなかの、清く正しく生きることの難しさを教えてくれる話を紹介したい。
1つは、ある日本企業がアマゾンで伐採を禁じられている木材を伐採し、グリーンピースが噛みついた騒動。実態は、賄賂をわたさない同企業に対して、ある政府高官が仕組んだ罠だった。伐採禁止の木材が混ざるように仕組んだそうだが、そうとは知らない(?私はその高官とグリーンピースはぐるだと思っているが)グリーンピースがいつものように騒いだらしい。結末は、同企業が警察に通報し、賄賂を受け取る現場を押さえられた政府高官はご用、その企業をはめたことも明るみになったとか(グリンピースの怖いのは、政府高官と同じことをしかねない教条主義的なところ。そんな奴らだから真相が明らかになってもケロッとしているのだろう)。
もう1つは、日本のODAに絡んだ話だ。欧米諸国に比べ、ODAと自国ビジネスの癒着において、まだ清さが残っている日本政府だが、国内では相変わらず、もっと分離することが新聞論調等で訴えられている。ところが、日本政府が資金供与とビジネスを結びつけないように生真面目に対応するほどに、欧米企業の参入を許している現状がある。当然のように、その手の記事を書く記者には、米国あたりから、日本政府を糾弾する種々の情報が提供されているだろう。環境団体が、米国に利する情報の提供に一役も二役も買っていることも容易に想像できる。
最初の例に挙げた日本企業は、伐採禁止等のルールをちゃんと守っていたらしい。だから、賄賂を提供する必要もなかったわけだが、「清く正しく」を許してくれるほど、周りは清く正しくない。新聞記者も環境団体も、決して清く正しく生きているわけではない。清く正しくが正当に評価される桃源郷を、私たちは、夢見がちだ。そのような世界の実現を願いつつも、それが夢であることを忘れないようにしておかないと、妙な正義感や潔白主義に縛られ現実を見失う。断固とした理念ではなく、相手に対する期待の裏返しで「甘い」現実を夢見たがる私たち日本人、というよりも私自身にとって、そのことを自覚する必要があると、また清く正しく生きるにはダーティな社会と対決するノウハウ、知恵、心構えが必要だと、S君としこたま飲みながらも、思った次第である。
7月3日<サービスの原点は、たわいもない心地よさにある>
引っ越し等の手続きを何となく先延ばししてきた。理由は別にない。この手のやらなければならないことを、ついつい後に回す悪い癖がついているだけだ。いつの間にか、お尻に火がつかないと動かない人間になってしまった。
今日の夕方、弟が東京でトラックドライバーをやっているクロネコヤマトに意を決して電話をした。その電話は非常に事務的な電話だった。
その前に、こちらで1年近くお世話になったファーストテレコムという、国際・長距離電話会社に料金事前払いサービスの中止を御願いした。このとき、本人確認のために、アカウント番号と識別暗号(言葉でも何でもいい)をいう必要があった。アカウント番号は控えがあったし、識別暗号は大体あれだろうと思って電話をしたら、識別暗号の方は私が想定していた4つの数字ではなく、6つの文字だった。こういう場合、相手の出方如何では険悪な関係になるところだが(特に英国の電話の対応や日本の大使館では)、相手はその手の暗号を忘れる日本人に慣れているのか、保母さんがダメな子をあやすように扱ってくれた。その後のやり取りも妙に親しげで、終始、笑い声混じりの会話を相互に交わしながら用件をすませることができた。
この手の心地のよさを味わうのは久々で、急に人生がバラ色にみえてきた(ホント、単純だ。だから、お父さん達は感じのいい女性がいる飲み屋に足繁く通うのである)。断るまでもなく、対応の相手は若い女性。だから男はダメなのよといわれそうだが、こういうたわいもない、心地よさに男女の差はないはず。
そういえば、1年前と同じ女性だったかもしれない。そのとき、事前払いを100ポンドとお願いしたのに、あちらのミスで200ポンドが設定された。でも対応が今日と同じように気持ちよかったので、私は二つ返事で「いいよ、いいよ」と許したことを思い出した。
私の他人に対する評価が甘いこと(すぐに「あの子はいい」、「あいつはいい」と評価してしまう)は、かつての職場の同僚が異口同音に指摘するところ。その点は認めるとしても、サービスの原点が「感じの良さ」にあるのは真理だと思う。こういう話をすると、水系の女性の甘いことばに弱いおじさん的な解釈と言われそうだが、水商売はサービスの原点がもっともクリアーに現出する場である。その原点に忠実なサービスなら、何であれ、高い顧客満足を獲得する(なぜか妙に理屈っぽい!)。
20世紀は無味乾燥な米国流マニュアル主導型のサービスが世界に普及した時代。21世紀は日本型サービス(駅前や裏通りに必ずある感じのいい小料理屋や居酒屋のサービス)が1つのモデルとして広がる時代だと私は睨んでいる。いうまでもなく、これは個人的な期待を込めた予見でもある。サービス業は接待美人(美男子)の獲得・教育競争に奔走するだろう、なんて妄想も頭をよぎる。
7月6日<インターネット・ショック>
今日、M研究所のT氏から電話をもらった。T氏はこの秋から英国への留学を予定されており、家探し等に関わる情報を収集するための電話だった。T氏のことは、日本人留学生のN君から既に聞いていたし、メールを昨日もらい、私から返事をしたばかりだった。ここまでは別にどうってこともない話だが、びっくりしたのは、T氏がN君と接触する前からサリー便りを読んでいたことだ。M研究所とは私も縁がないわけでないのでその関係かと思っていたら、なんとインターネット検索で私のHPに辿り着いたらしい。留学、サリー等のキーワードをいれたら検索で引っかかったとか。
私は勝手に自分のHPはパーソナルな範囲でみられる程度だろうとたかをくくっていたが、そのような思いこみがインターネットの時代には通用しないことを思い知った。ネットサーフィン作業を通じて検索業者が探し当てたのか、関連サイト情報を業者に知らせチャネル等があるのかは不明だが、HPに情報を貼るということが何を意味するかを、あらためて学んだ一件であった。
7月10日<映画パトリオットの波紋>
7月4日は米国の独立記念日。その日、米国ではメル・ギブソン主演のパトリオットが公開されたらしい。英国では米国公開とあわせるように、同映画に対するブーイングが一斉に起こった。なにしろ、英国の軍隊はナチのように冷酷非道に描かれているからだそうだ(ある新聞の見出しはHow Mel Gilbson helped to turn us into Nazis)。それに対して、メルギブソン扮する、家族を英国の軍隊の殺され復讐を誓う主人公は農業主でありながら、奴隷を使っていないばかりか、アフリカから送られてきた彼らに親しみをもってみられている設定だとか(このあたりのプロットはブレイブハートとまったく同じ)。
単純明快さを極めようとするハリウッド映画に対する批判、それを支える商業主義一辺倒と米国文化の単線さに呆れる論評、メルギブソンの個人的なスキャンダルや生い立ちと関連づけての批評など読み物としてはおもしろいものばかり。これらマスコミの論評に刺激されて映画館に足を運ぶ人も多いはず。そこまでハリウッドが計算していたとしたら、凄い(でも、あり得る)。
ブレイブハートでも、ギブソンは、英国人を平和に暮らす人々を抑圧する残虐で策略にたけた輩として描いていた(ギブソン自らの監督作品)。1度ならず、2度までも愚弄されたせいか、かなり英国のインテリは頭にきているようだ。
ちょっと違うスタンスで面白かった記事は、米国在住の英国人ライターが書いたものだ。「2週間注意していたが、英国のニュースがテレビニュースで流れたのは1回だけ、しかも、ある町で行われたチーズレースの紹介だ」と英国の存在感が米国で薄いことを指摘し、映画パトリオットに関しては「ドイツ人、日本人がお決まりのように悪者となっていた50年代の英国のようだ」と言及する。彼はさらに指摘する、「昔は英国人がちゃんとしていて、米国人は粗野だったが、いまは全く逆だ」とも。それを象徴するシーンとして、ロサンゼルスで、ユーロ2000の試合を見るためにユニオンジャック等で着飾った在米英国人がパブに集まったが、ハブに入れない連中が外でたき火・花火をするわ、タバコを吸うわ(いずれもカリフォルニア州では禁止)のご乱行ぶりを紹介している(私の1年間の英国観察が決して的はずれでないことが示唆されていて、ちょっと贔屓の記事です)。
英国人(といっても上層階級)の心の中はうかがうことはできないが、米国に対しては、やはり弟に先を越された兄のような心境なのだろうか。そんなことを思わせる記事を生みだしてくれた映画パトリオットには、その限りでのみ感謝したい。
7月11日<航空会社の不思議>
昨日、私が帰国に使う大韓航空のチケットをHISに取りにいった。クレジットカードで購入すると、手数料(たかが1%か2%)をとられるが、発券しない限り変更可能となる。その利点があるにもかかわらず、5月末に既に発券をお願いし、1月半近く取りにいってなかった。HISの窓口で事前に席を予約できるのかときくと、日系の航空会社、BA、バージン以外はやっていないという。
大韓航空のオフィスが近くなので、リコンファームをしに直接出向いた。リコンファームを終え、試しに席の予約はできるかときいたら、できるとあっさりいわれた。
その話を帰宅後妻にしたら、彼女ら3人分の帰りの便の席の予約をロンドンに行くついでにしてみようかという。航空会社は、なんとあのキャセイ(6月編を思い出してください、妻の両親が席の予約は出来ないと電話でいわれた会社です)。で、今日行ったみたら、私と同様に、あっさりできたのだ。不思議だ・・・窓口に出向くとできるということか。時期が早いから出来たのか。
不思議といえば、大韓航空のオフィスに入ったとき、韓国人の女性2人は振り向いてもくれない。それで仕方なく、英国人の男性職員のところで用をすました。私が終わる頃、韓国人のお客さまが入ってきて韓国語で二人の女性と会話をしている。私は韓国の友人に、「田村さんは韓国人と区別がつかない」と以前から太鼓判をおされてきただけに、不思議である。この1年で雰囲気がかわったのか。知らぬ間に、そして無意識のうちに、俺は日本人だという自覚を自分で強化してしまったのかもしれない。8月末に3日間ほどソウルに滞在するので、そのことに気をつけていようと思う。
7月20日<引っ越し作業にあらわれる性格>
昨日の朝一番で、段ボール10個をだした。その作業も大変だったが、その後の細々とした整理も大変だ。いま、20日の23時半過ぎ。まだ終了していない。旅行にもっていく荷物、置いていく荷物、人にあげる荷物、捨てるものを選別する作業だが、なかなか捗らない。こういう作業を計画的にテキパキ出来る人を私は尊敬する。そういう人は、多分、仕事の上でも膨大な量の仕事をうまくこなしているはずだ。
私がこの手の作業でいつも苦労するのは、問題・課題を先延ばしようとする性癖と、甘い展望に原因がある。歳をとって、その傾向がますます悪化している。仕事でも、7割、8割までは簡単にこなすが、残りの2割、3割という一番大切で、しんどさも大きな仕上げの部分に気合いが入らなくなった。歳をとると地がでてくるというから、これが本来の自分の性格かもしれないと思ったりする。
7月21日<今後の予定>
今日の午後2時頃、ギルフォードを自家用車で発って、ドーバーをフェリーで渡り、スイスの南東に位置するZuozに23日の夕方までに到着。当地では、23日から28日まで、アドラ心理学会のワークショップに家族で参加する(私の守備範囲ではなく、妻の関係の学会。多分、私は抜け出してスイス国内漫遊の旅をしている可能性が大きい)。
その後は、ベネトンアートスクール(安藤忠雄氏設計による)をみる目的でミラノに立ち寄り、ドイツ南東部をゆっくり周遊してからチェコに入り、できればプラハ経由で、ポーランドはアウシュビッツを目指し、再びドイツに入りベルリンで数日過ごしてから(ホロコストミュージアムおよび新しい国会議事堂をみるのが主な目的)、英国に向けて帰る予定。ギルフォードに戻るのは8月14日前後。長いようで短かった英国滞在の終幕がはじまろうとしている。