フランス・スペイン旅行編
子供達の小学校のイースター休み(4月14日〜5月1日)を利用して、フランス、スペイン北部の旅行に出かけた。今回は、英国から自家用車をもっていくことにした。いつものように、備忘録的なメモを以下に記し、これらの方面へ旅行を計画される方やこれらのエリアに興味をもたれる方への情報提供としたい。
- 今回の走行距離4940km。昨年9月に購入した車は4月の14日で1万kmを突破したばかりだから、7ヶ月かけて走った走行距離の半分を、たった14日間で走った計算になる。馬鹿な記録をまた更新してしまった。
- 旅の行程は以下の通り16日(288km:Guildford〜Portsmouth〜フェリー〜Cherboug〜Caen泊)、17日(432km:Cane〜Mont St-Michel〜St-Malo〜Carnac泊)、18日(432km:Carnac〜Nantes〜Cognac泊)、19日(437km:Cognac〜St-Emilion〜スペインHondarribia泊)、20日(157km:Hondarribia〜San Sebastian泊)、21日(270km:San Sebastian〜Bilbao〜Burgos泊)、22日(131km:Burgos〜Sto Domingo de Silos〜Covarubbias泊)、23日(0km:Covarubbias泊)、24日(542km:Covarubbias〜Ponteareas泊)、25日(160km:Ponteareas〜Santiago泊)、26日(366km:Santiago〜Oviedo泊)、27日(227km:Oviedo〜Santander泊)、28日(334km:Santander〜フランス国境近くの村)、29日(525km:同村〜Poitiers手前の村)、30日(616km:同村〜Cherboug〜Portsmouth〜Guildford)。
- 要するに、ポーツマスからフランス北部に渡り、一気にフランス西側を南下、スペインは北部のバスク、ガリシア地方を横断する形で東から西へ突き抜け、帰りは、少し途を変えつつも、ほぼ同じコースでスペインを西から東、ピレネー山脈の北部を抜けて越境し、フランスはやや中央よりを南から北へと、走りに走った旅だった。走行距離が示すように、400km以上走った日が6日間もあり、最後の2日間は、疲れのためか、肩、首の筋肉がパンパンにはって、1時間以上運転すると気が遠のく感じがして、半分以上を妻の運転に委ねた。
- ちなみに、通常の道路は、信号が無い森林、田園のまっただ中を走る道でも、1時間60kmで計算した方がいい。100km近いスピードで走っているつもりでも、片側1車線しかない道路が多いので、トラックやノロノロと走る車が前にあると、結構な時間ロスになる。また、分岐点のちょっと大きな街で道に迷うことも珍しくないからだ。
- 英国は右ハンドル、左側運転。英国仕様の車を欧州で運転する際には、救急道具、電球の予備、停止用のトライアングル、ライトカバー(対向車の目にライトが入らないようにライトの一部を覆うシール)、車体に張り付けるGBマークのワッペンが必要だ。車販売店でキットとして20ポンドほどで売っている。また、英国で入っている保険やAA(日本のJAFみたいなもの)では十分でないので別途、それぞれ旅行用のものに入った。特に保険では、グリーンカードと呼ばれる書類をつくってもらった。スペインでは、外国人が交通事故を起こすと車を没収されたり刑務所に入らなければならないことがあったらしく、それに備えてのものだ。
- 16日の5時前に、ギルフォードから1時間弱のポーツマスに向かう。出国のパスポートコントロールはなし。ポーツマスからの7時発の高速フェリーでフランス北部のチェリボーグ(Cherbourg)に向かう。所要時間は3時間弱。時差が1時間あるので、11時過ぎに到着。入国の際もパスポートコントロールなし。
- フェリーは行きが113ポンド、帰りが153ポンド。1月前の割引料金だ。予約に際して困ったのは、英国(欧州といっていいかも)ではお馴染みの、料金表がどこにもないことだ。とにかく電話をして、条件に応じて細かな料金体系をきき、選択しなければならない。私の英語力では叶わぬので、この手の予約は妻の役目になる。電話できいたときは往復で266ポンドと認識していたが、送られてきたチケットをみて、行きと帰り(夕方の便)で料金が違うことをはじめて知る。英語のネイティブスピーカーである妻がやってこれだから、私がやっていたら、どうなっていたやら。私がやるなら、旅行会社のカウンターに行って面談で予約をするしかないだろう。
- チェリボーグのすぐ東は、オハマ海岸。ノルマンディ上陸作戦が決行された場所である。あちこちにノルマンディ上陸絡みの観光地が点在する。浅瀬の海岸に即席で港をつくるために、橋桁となる巨大な鋼鉄のボックスを英国から海上を牽引して運んできた港にも行ってみる。こういうダイナミックな発想と実行力には頭が下がる。感銘を受けたのは、映画「プライベートライアン」の巻頭のシーンにもでていた、米国兵墓地である。私たちが着いたのは開門前の時間で、墓標の間を芝刈り機が忙しく走り回っていた。墓標には名前と出身地、生年・忘年の年次等が刻まれていた。
- フランスの対米感情は悪いというのが一般的な認識だが、このエリアは別格らしい。そのことを印象づける光景や場面にいくつもあった。
- フランスの西部を縦断した感じは、どこにいっても農業国といった風景。単調といえば単調。オハマとは、半島を挟んで西に位置する海に浮かぶ修道院モント・セント・ミチェル(Mont St-Michel)と、さらに西に位置する港街セント・モロ(St-Malo)、モント・セント・ミチェルの北の対岸地区(そこから海の中を歩いて渡れる)、通過しただけだが水の街、小パリといった風情のラバル(Laval)などがブリタニー、ノルマンディ地方の、私たち「お薦め」の地。ボルドー、コニャック当たりも走ったが、先を急ぐ旅であったこともあり、印象は薄い(最近、すっかり強い酒を欲しがらなくなった。数年前なら、コニャックを数本は買い込んだに違いないのに、今回は全く買う気にもならなかった)。
- フランスは、高速道路はもちろん、辺鄙な道路でも、ねずみ取りをやっていることが多いので、運転する方は要注意。私は、運と対向車のフラッシュによる合図で、危ないところを3回ほど回避できた。
- 3泊4日でフランスを通り抜け、19日の夕方にスペインに入る。
- スペインはバスクとガリシア、つまり北部、太陽が燦々と照りつけ雨がほとんど降らないスペイン南部とは違うエリアを回遊した。出発前、バスク出身の留学生にヒアリングしたところによると、天気は期待するな、2週間ぶっ続けで雨が降ることも珍しくない、といわれた。その助言が的中し、スペイン滞在10日間のうち、雨に降られなかったのは3日間だけ、あと3、4日間はザンザンぶりの雨に見舞われた。ちなみに、帰国したら英国もずっと雨だったと聞いて、なぜか安心した。どうせ雨の毎日なら、スペインにいた方が美味しく楽しいからだ。
- 雨といえば、スペイン北部では、ちゃんと傘をさす人を多くみかけた。英国だと、雨に濡れても平気な人が多い。それが証拠に、傘立てがおいてある店が多い。
- 気温も決して高くないので、英国から持参した冬用のジャケットを着ていた。スペインでは多くの人が冬用のコートやジャケットを羽織っていた。どうして、そういう光景に注目したかというと、皆一様に冬支度の出で立ちだからだ。これが英国だと、バラバラ。寒いときでもTシャツ姿が珍しくない。
- 飲食店にはいると、その違いは、もっとはっきりする。上着を脱いでも、下が半袖やTシャツの人は皆無だからだ。英国仕込みよろしく、Tシャツ姿の長男と、暑いスペインを想定していたために着るものが底をつき仕方なくTシャツ(その下には寒いので下着をしっかりきていた)を着る私が目立つこと、目立つこと。
- 南に比べて、スペイン北部のスエスタ(昼休み)の時間は少し短いようだ。それでも、夜は9時を過ぎないと、飲食店が賑わっていないところは一緒(その前に店を覗いても客がおらず、流行っていない店かと勘違いする)。ちなみに、フランスも大体、昼から2時、2時半くらいまでしっかり昼休みをとる。その時間に街に着くと飲食店以外には人気がない。ただし、夜ははやい。
- サンセバスチャンでは、バーのカウンターでの立ち飲み、立ち食いの梯子をした。といっても、子連れなので、小さなテーブルに子供を座らせる形。これが一人や、野郎同士だったら、どうなっていたやら。多分、千鳥足で次々とバーを徘徊することになったに違いない。英国と違ってバーに子供立入禁止のルールはない。
- ガリシアに入ったときは雨。朝から距離を稼ぐ走り方をしていたので、昼飯のためにとある街に入ったのは、3時近く。それでも、たまたま見かけた、店頭でタコを煮ている店に入る。そのタコのおいしかったこと。大体、昼は移動途中なので、名もなき町や村に立ち寄り、現地の店で食事をすることが多かった。でも、これで外れたことは余りない。前回同様、美味しい食事をしたければ現地の店に飛び込む、が成功の秘訣だと確信する。
- また、前回にも書いたように、戸口からはカウンターしかみえないが、その奥や横にちゃんとしたテーブルが置かれた部屋がある飲食店が多いので、入り口から覗いただけでバーだと早合点しないこと。
- 今回は、イースターの時期だったので、各地で祭りに遭遇した。マリア像を担いでの行進にも3度ほどお目にかかった。場所によって、マリア像を男性が担ぐか女性が担ぐかは違うようだ。いずれも、淡々と遂行され素朴な感じがした。
- スペインでは数キロおきにガソリンスタンドが必ずあることを前回の旅でも確認していたので、つい油断したが、新しくできた山間部を貫く高速道路には道沿いにスタンドがなく、危ない思いをした。サインが示すスタンドは高速道路から数キロ外れた町や村にある。それで給油を先延ばししていたら、ガソリンの目盛りがゼロの所まできてしまった。慌てて高速を降り、はるかにみえる町まで走ったらスタンドはここにはない、逆の方向とあると教えられる。既に警告ランプは点滅しており、その町からスタンドまでの10kmは冷や汗もので運転した。何があるかわからない以上、こまめに給油しなければ、と痛感した。そして、ちゃんとした根拠もないのに楽観的なのは運転手として失格だ、と自戒する。
- サンティアゴの北、百数十キロにある町の雑貨店で、フクロウが飾りとなっている陶器製の時計を300ペスタ(180円)で購入。これがなかなかの逸品。購入した直後に、私のミスで危うく大きな交通事故を起こしそうになったが、間一髪で回避。回避できたのは単に運が良かっただけだが、このフクロウ時計のお陰と勝手に解釈している。
- 妻もいっていたが、英国よりもフランスの小売店に並ぶ商品は数倍もいい。そのフランスよりもスペインの商店に並ぶ商品はさらに品質的にも、デザイン的にもいい、と感じる。私は衝動的に6万ペスタで、ブタ皮のジャケットを購入。とある町の小売店のショーウインドウでみたスプリングコートも欲しかったが、ちょうど休み時間。こういうとき、スエスタが恨めしい。
- 旅先でいいものを見つけたとき、躊躇は禁物。もっといいものがあるだろうと思って、いままであった例しはない。買えるときに買っておく、は海外の旅で買い物をするときの鉄則だ。この鉄則に従い、買えるところでワインをかい込んだ、今回の旅では。
- フランスではクレジットカードが回線で確認できない状況に4、5回ほど見舞われた。こういうときカードが1枚しかないと、現金で支払うしか他に手がない。同じカードを夫婦で2枚もつか、別のカードを予備のために持参することをお勧めする。今回は、使う予定がない別会社のクレジットカードに2回ほど助けられた。
- 今回の旅での大きな失敗は、ビルバオの西、百キロ余にあるサンタンデールに泊まったこと。他の都市と違って、コンパクトさ、中心性に欠ける都市構造はストレンジャーにとって戸惑うものだった。やり過ごしても全く惜しくない都市だ。
- スペイン北部は有料道路が多い。ほとんどない南のイメージに照らすと意外だが、日本のような法外の値段ではないので全く気にならない。
- 今回は、駐車場に一晩車をとめることが多かった。それでも、最大1200ペスタ程度(700円前後)なので気は楽だ。
- 今回泊まったホステルでは、多くが前払いを要求された。鍵をもらってあとは自由にといった感じだ。朝早く出るときは、鍵をベットの上にでもおいて、でていけばいい。また、2つのホステルだったが、現金での支払いを要求された。
- フランス中部のLimogesの北西10kmにあるオラドール村は、村民600名が1944年6月にドイツ軍に虐殺された村。400名近い女性や子供は教会に一堂に集められ、機銃掃射と手榴弾、地雷の投げ込みで、1名を除いてすべてが殺された。当時の廃墟の状態をそのまま維持している村だ。廃墟の跡は、今年はじめの嵐で傷んだために、一部しか公開されていなかったが、映像やパネルで当時の様子を克明に記録する資料館では、言葉を失うほど戦争の傷みが伝わる。
- 9時過ぎまで明るいのでつい無理をしてしまうが、宿泊地には早めにつくのがベスト。今回は、2回ほど、そのことを無視し、悪い選択を強いられた。
- 帰りのフェリー待ちでは、出発が少し遅れると放送が流れた。フリー埠頭から離れたところに車を並べる状態で、多くの人がトイレなどで車を離れていたが、何の放送もなく突然、移動が始まった。油断も隙もない。こういうこともあると観念しておかないと、腹がたつだけ損をする。
- 英国入国に際しては、英国人でないわれわれは、入国カード(フェリーの手続き場でもらう)に記入しパスポートと一緒に渡さねばならない。これはユーロスター、飛行機で入国するときも一緒。
- 妻の評価だが、フェリーの係員や、道路工事等で働く人、警察官まで含めて、フランスやスペインの方が英国に比べて、ちゃんとしているように見える、とか。何を根拠にしているのかは敢えて聞かなかったが、何となくわかる気がする。1年近い滞在で英国に対する評価が大きく変わったことが関係していることは、いうまでもない。