サリー便り5月編


5月1日<メーデーのデモと英国の暴力度>

5月5日<危うく交通事故に>

5月7日<英国の観光立国としての弱点>

5月8日<久々に日本人して馬鹿酒を飲む>

5月11日<O君帰路に就く>

<連絡網なしで済ませるお国柄>

5月15日<英国での航空券の取り方>

5月17日<ラフな国、英国>

<増加する、マイノリティに対する暴力>

<チャールズ皇太子の、ラジオでのアンチ資本主義、科学主義のアピール>

5月20日<英国の都市に対する期待が薄れてきた>

<ブレアの4番目の子供Leo誕生>

5月22日<anti-foxhuntingキャンペーンに追い風の調査報告>

5月23日<久々に子供ネタで>


5月1日<メーデーのデモと英国の暴力度>

帰国したばかりなのでボーとしていたが、今日のロンドンは、メーデーのデモの一部が暴動化し、大荒れだったようだ。マクドナルド店が襲われるのは定番の暴挙だが、今回はチャーチルの像が落書き等で傷つけられた。これにはブレアを始め当局もびっくりしたようだ。その政治家としての評価は大きく分かれるにしても、英国をナチズムから守った点では英雄的な人物であるチャーチルの像に暴挙が加えられるとは、夢想だにしていなかったからだろう。

この種の反対運動に暴力は付き物といったら言い過ぎかもしれないが、日本に比べると、欧米のレジスタンス、アピールが暴力行為に及ぶことは珍しくない。遺伝子組み換え農産物が植えてある畑に入って栽培物を抜き取ったり、米国系のファーストフード店を焼き討ちするなど。スペイン・フランス・英国の間で農産物戦争が起こると、農家が相手国の農産物を積載したトラックを国境付近で勝手にとめて、荷物を道路にぶちまけ焼いたりする。確か、マックを最初に焼き討ちしたのはフランスの農家ではなかっただろうか。

英国で生活をしていると、デモに限らず、暴力は決して自分たちの世界とは関係ないものではない、と明確に位置づけられている気がする。人間の表現、自己主張、自己防衛の行為の1つとして、暴力がちゃんと認識されているといえばいいのだろうか。

スポーツセンターで行われている武道関係の教室を覗くと、防御よりも攻撃の要素が多い印象を受ける。新聞に入っていたカンフーの募集広告では「犠牲者になるな!」とのセールストークが目につく。暴力と無関係ではない程度が日常生活において高いことが暗示される。


5月5日<危うく交通事故に>

朝6時前に、妻の両親を迎えにヒースローに向かう。何の問題もなく、といいたいところだが、ヒースローからの帰り、突然割り込んできたトラックが、その直後にブレーキをかけ、こちらもブレーキをかけたが間に合いそうになかったので、間一髪で左車線に回避し難を逃れた。ただし、後ろを確かめる暇はなく、衝突を避けるためにハンドルを切るしかなかった。左車線に車がいなかったからよかったものの、いたら大変だった。考えると怖くなる(幸いに、1、2秒の出来事だったので、同乗者はひやっとしたものの、その怖さにきづかなかったようだ)。

欧州では、トラックが一番端の車線を走るルールが徹底している(仕方がない追い越し以外、中央よりの車線にでるトラックはまずない)。その点、英国のトラックは日本と同様、車線を自在にかえて走る。しかも、普通の車と同じような無茶な割り込み、追い越しをする。欧州の感覚で走っている、英国の運転にまだ戻っていない、と自戒する。

ちなみに、英国の場合、ゆっくり走ればいいかというと、決してそうではない。スピードが遅ければ危険度は減るだろうが、急な車線変更、割り込みは容赦なく襲ってくる。100km以上で走行しているのに、車間距離は驚くほど狭い。へたに取ると、それは他の車に入り込む余地を与えるだけで却って危ない。英国の運転では、間合いの取り方が本当に難しく、場合によっては生死に関わる。


5月7日<英国の観光立国としての弱点>

妻の両親ら家族総出でロンドンに向かう。今日は、陽が射す暑い日。5月1日のメーデーの暴動で落書きされた、ウエストミンスターブリッジ近くのチャーチルの像も修復されていた。

世界に冠たる、観光都市ロンドンだが、スペインに比べると、飲食店の蓄積は見劣りする。ちょっと人数が多くなると、食べる場所を探すのに一苦労も、二苦労もしなければならない。特に豪州ドルの、ポンドに対する低いレートに落胆気味の妻の両親にとっては、英国で外食をすることに大きな抵抗感があり、安く食べる場所を探して右往左往した。今日は妻の両親がご馳走してくれるというので、私は口出しをしなかった。これが災いして惨めな結果となった。いつものことながら、相手のペースやスタンスを尊重しつつ、ある場面では、それをこちらのペース、スタンスに切り替えリードしていくのは難しいところだと反省する。

英国では、テイクアウト等で夕食をとる旅行者の姿が珍しくない。スペインではほとんど見かけない姿だ。その姿に惨めさをみるのは私の勝手な、あるいは日本人的な解釈かもしれないが、英国の観光立国としての決定的な弱点だと私にはみえる。


5月8日<久々に日本人して馬鹿酒を飲む>

経営者大学校で一応、生徒と先生の関係にあったO君が20日近いスペインの旅を終えて、英国に着いた。O君は、小さいながら宅地開発に取り組む、長崎の不動産屋さんの長男。跡取りになるのか、勘当されて父親と袂を分かつのかわからない、ぶれの大きな仕事ぶり。というか、そのようなフリクションを必至とする知力を尽くした理詰めの仕事ぶりに私は敬服している。今回の旅の直前には、勘当、謹慎処分を言い渡されたとか(一応、それを父親が引き下げざるを得ない営業成績をあげて出国したそうだが)。

サリー大の留学生3人と、たまたまN君のところへいらしていた電力関係の方をお誘いして、街中のパブで夕方5時過ぎから、9時半過ぎまで、飲みに飲んだ。外で馬鹿騒ぎをしながらガンガン飲んだのは、英国に来てはじめてではないだろうか。普通、パイントで2杯もビールを飲むと十分酔ってしまうのだが、今日は6杯以上は飲んだと思う。大体、こうなると飲み足らなくなり、その後、自宅に留学生を3人招き入れて、ワインを1本あけた。翌朝頭痛が残ったものの、久しぶりに日本人しちゃったという満足感で、夜ぐっすり眠れたことはいうまでもない。


5月11

<O君帰路に就く>

夕方、隣街wokingのヒースロー空港行きバス乗り場まで、O君を送る。O君とは、火曜日の夜、水曜日一日、今日木曜日の夕方まで、ゆっくり語り合った。彼の戦略的に仕事を組み立て緻密に実行していく姿勢には、いつもながら感心する。それだけに、旧来型の仕事をする家族、古手との軋轢が必然的に生まれる。それをバネに仕事に取り組んでいる面もあって、彼のやり方が素直に受容されない状況に彼自身がエネルギーを得ているといえなくもない。しかし、そのような状況を肯定する気にはなれない。O君の話を聞きながら、私は、人の前向きの姿勢と気力を挫き浪費させる土壌と、それらを育む土壌との違い、関係について考えをめぐらしていた。答えはまだでていない。

<連絡網なしで済ませるお国柄>

O君を見送った後、子供達を迎えにスポーツセンターに行く。なんと、バスケの方は場所が確保できず、練習は中止になっていた。それを知らない、コーチを除く(!)メンバーはいつものように集まっている。ほとんどの場合、親が車で送りに来て子供を降ろすと帰ってしまうので、子供たちだけが取り残されていた。皆、いつものこと、またか、といった感じ。日本では連絡網があり、こういうとき即座に連絡がまわるのだが、こちらにはその手の発想がない。妻が関与しているボランティアのグループも、互いに日程を調整する必要があるにもかかわらず、そしてそれがうまく行かず問題が起きているにもかかわらず、相互に連絡し合うという発想がない、とか。

英国で感じるのは、日程が決められると(たとえば年間スケジュール等)、それが変更されないことが大方の前提になるということだ。日本のように急な用事が入って、日程調整が必要になるといったことが頻繁に起こらない。あるいは、日程が決まったら、それに基本的に従う覚悟があるといった方がいいのかもしれない。その時々の環境変化に対応するために日程調整が不可欠な日本と、基本スタンスを変えないために日程調整の必要性が少ない英国。

さきの話に戻るなら、日本だったらコーチは袋叩きだが、こちらは呆れ、諦めることで終わってしまう。それで何を失ったのだ、たかが1時間半ばかり子供が待たされただけではないか、ということで終わりになる、時間が悠長に流れている、お国柄なのである。


5月15日<英国での航空券の取り方>

5月末にアイルランドへの旅を予定している。妻の両親が来ていることもあり、ついつい先延ばししてきたが、さすがに限界。今朝、飛行機の予約を入れる。妻はインターネット等で安いチケットを購入しようと無駄な努力をしていたが、実は、同じ便でも安い席と高い席があって、安い席から順次売れて行く仕組みになっている。旅行会社によって割り当ての違いがある分だけ差があるものの、安いチケットを手に入れようとすれば、早めに購入するしか手はない。


5月17

<ラフな国、英国>

デンマークの首都コペンハーゲンの街中で、英国とトルコのサッカーファンが繰り広げる乱闘シーンが夕方のニュースで放映された。先月、トルコでの試合を観戦しにいった英国のファンが、試合前日、街中でトルコ側のファンと乱闘となり、一人が刺殺された。その報復を誓うファンもいて、十分な警戒態勢が敷かれていたというが、乱闘はやはり起こった。試合はトルコのチームがPK戦で勝利。それを祝うトルコ系住民が英国内では襲撃されたりする事件も相次いだ。

英国の一部の人が起こした事件とみる見解がでてきそうだが、サリー便りで何度か書いて伝えてきたように、それは非英国的な事件ではなく、非常に英国的な事件だと、まず見た方がいい。英国の国柄の1つは、そのラフさにあるからだ。

そういえば、長男が日曜日のバスケの試合でひどい反則攻撃にあったと嘆いていた。日本の感覚だと反則になるものでも、英国では、ならない。闘争心の発露的な行為に対して英国は許容度が広い。身体が大きな相手にボールを取られる際、乱暴に振り回され、長男は床にたたきつけられ、ついに泣いてしまったそうだが、それを暴力的な行為と見るか否かに、日本と英国の違いが端的にあらわれている。いろいろ苦労しタフになった長男だが、こちらのラフさにはまだ付いていけないようだ。


<増加する、マイノリティに対する暴力>

実は、英国でのマイノリティ、端的には非白人に対する暴力racist incidentは増加傾向にある。新聞によると、ロンドンだけで昨年は11000件にのぼり、一昨年に比べ89%も増加したという。バーミンガムは、非白人系にとって、もっとも危険な都市の1つに数えられている。経済が好調な時期に、なぜ、この手の異民族に対する暴力が増えているのか。貧富の格差、競争社会の広がりなどが理由に考えられるが、世界共時的な傾向であることも看過できない。長男に対する暴力的な行為も、実は線引きが難しい問題だと思う。少なくとも、その手の危険性に絶えず注意していくことが生活する上で必要だと感じる。


<チャールズ皇太子の、ラジオでのアンチ資本主義、科学主義のアピール>

8時からBBCのradio4で、prince of walesチャールズ皇太子の1時間近いlectureが流れた。中身は、資本主義、グローバリズム、科学合理主義の進行が自然、地球、人類にとって負の影響を与えるというもの。中身もさることながら、そのようなパーソナルな信条を皇族の一員が公に問うたのは、英国においてすらはじめてだとのこと。そのこともあって、当日から週末にかけて新聞紙上で様々のコメント、記事が掲載された。

チャールズは農業・農村を非常に大切にし、以前から遺伝子組み換え農産物に真っ向から反対してきた。その半面、環境保護団体、自然保護団体が廃止を求めるフォックスハンティング(キツネを犬に追わせ馬に乗って狩りを楽しむ貴族の遊び)を支持し、自ら参加したりする。一筋縄ではいかないのだ。女性問題は昔から有名なところだが、実は世界でも屈指の資産家でもある。たとえば、世界で三番目に大きなヨット(高速ボートが二隻、ヘリコプターを搭載するものらしい)を所有する。ここまでスケールが違うと、お金持ちが好きなことをいっているといった反応も少ない(もちろん、大半の国民にとっては関心がない、というところだろう)。

誰にでも好かれる偶像崇拝的な声に迎合せず、自分の信ずるところを表明する。いうまでもないが、やがて国王になる人である。オランダでは皇室のあり方が大幅縮小の方向で議論されはじめたというが(オランダの皇室は日本よりも政治等に深く関与している)、英国でも皇室のあり方が、これまで以上にシビアな形で(日本で想像している以上に、英国における皇室たたきの頻度、程度は凄まじい)起こることは必至であろう。そういう方向に自ら踏みだしたという意味で、チャールズの覚悟のほどを指摘する記事が多かった。亡きダイアナ妃の旦那さんという認識しかなかったが、放送を聞いて、それを改めないといけないと思った。少なくとも、日本の皇室との比較を云々するような、失礼な位置づけはしてはいけないと肝に銘じた。

興味がある方は、チャールズのHP(http://www.princeofwales.gov.uk)を覗いてみてください(要約だけですが)。


5月20日<英国の都市に対する期待が薄れてきた>

金、土曜日と、妻が心理学のワークショップに参加するというので、妻の両親も一緒にケンブリッジへでかけた。ギルフォードからは、車で2時間程度の距離だ。行く前から浮き浮きしていなかったのだが、着いてからも何かノリが悪い精神状態が続く。理由は、キングスカレッジという、ケンブリッジ観光の目玉らしいが、どうしようもない教会に入ったせいだけではない(カネを払ってまで観る価値はまったくない・・・・そういうことをいったら、英国の教会すべてがフランス、イタリア、スペインなどに比べて観るに値しないのだが)。どうやら、スペインで都市観光の醍醐味を味わい、それに比べ魅力に乏しい英国の都市に対して期待や関心が薄れていることが大きな理由であるようだ。それとも、英国そのものに対する倦怠感だろうか。


<ブレアの4番目の子供Leo誕生>

今朝、ブレアの4番目の子供が誕生した。日本の新聞でも報じられたと思うが、Leoは、この150年間で、現役の首相を父にもって生まれた、はじめての子供となった。新聞には、久々に、温和な表情のブレアの写真が掲載された。本当に久々に。


5月22日<anti-foxhuntingキャンペーンに追い風の調査報告>

公式の調査報告によると、キツネ狩りで、犬に追っかけられるキツネは肉体的痛みと精神的苦痛に苦しんでいることが明らかになった。具体的には、犬に追われるキツネは鼓動の高まりに苦しむ、追撃は30分に及ぶこともあり死に至る前にかなり傷つく、首を噛まれることですぐに死ぬとは限らない、南部(lowland)ではキツネ狩りによるキツネの生態への影響は無視できるほど小さいが、北部(upland)ではキツネ狩り禁止による影響は非常に大きい(キツネ狩りで多数のキツネが殺されていることの裏返しとして)、銃で撃ち殺す方が人道的な方法か否かに関する科学的証拠はない、キツネ狩りを禁止することで失われる仕事は666から4633の間で数的に大きくない(この20年間に農村部では60万近い仕事が増えている)、穀物の被害のうちキツネが原因と推計されるのは3%でしかない、繁殖期のスタート期に生息するキツネは24万匹、そのうちの多くが撃ち殺されたり、罠や自動車事故で命を落とす、キツネ狩りで殺されるキツネの総数は1.5万匹との推計もあるなどが、新聞の一面の最上段の記事として紹介されていた。

正直なところ記事を読んで思わず笑ったりもしたが、こういう生真面目な取り組みが様々の討論、協議で優位にたつ(日本が欧米に対して劣勢に回る)原点であることを忘れてはいけない。ちなみに、キツネ狩りは政治的な大きな争点にもなっている。


5月23日<久々に子供ネタで>

下の子が金曜日から3泊4日のキャンプにでかけ、昨日帰ってきた。いろいろおもしろい話があるが2つだけ紹介したい。1つは、ほとんどの子がポテトチップス系の菓子を大量に持ってきたこと。日頃からポテトチップス2袋がランチボックスに入っていたり、ポテトチップスが挟んであるサンドイッチを食べるなど、ポテト系のスナック菓子は常食に近いので、必須の常備食品となるらしい。

2つめは、プールに入ったとき、学校では一番日本人の清潔感に近いと思われる女の先生(南アフリカ出身)が、「プールに入ったのでシャワーを浴びなくてもいい」といったこと。プールから上がったらシャワーを浴びるべきだと、日本で小さいときから教わってきた娘にとって、また一番信頼している先生のことばだけに、ショックだったらしい。反対に、多くの同級生は大喜びだったらしい(少し解説しておくと、こちらの子供のシャワー嫌いは年期が入っている。大人がまずちゃんとシャワーを浴びていない、水温が変わらないシャワーを好きなだけ浴びることが普通の家庭では設備的に難しい、乾燥しているので汗をかかないなどが直接、間接の背景にあると思われるが)。

今日は、上の子の友達が遊びに来ている。前から驚いていたことだが、彼に聞いても、夕食の時刻は早い。なんと4時半に食べるとか。8時には床に入らないといけない。隣の14才の中学生も9時には床に入る(夕食は6時くらい)。「子供の世話を早く片づけて」としかみえない文化に最初に触れたのは20年前だが、いまでも違和感がある。手をかけない簡素な料理、早めの夕食、子供部屋・ベッドに早い時間から追いやることは、アングロサクソン系の文化の中でも、もっとも彼我の違いを感じる生活スタイルの1つだ。