少し早いですが、サリー便り4月編をお送りします。今月のテーマは、「英国の負の構図」でしょうか。その手のテーマは毎月顔を出す定番のテーマですが、特に今月は盛りだくさんです。16日から30日まで、フランス南西部、スペイン北部をまわる予定です。しばらく音信不通になります。
4月1日<日本における履歴書の無意味さ>
4月3日<短期、否ファースト滞在者の英国印象記>
<長男のクラスの学級崩壊>
4月4日<朝起きたら雪、いい加減にしてほしい>
4月5日<千両役者スティングのコンサート>
4月7日<英国のキレる子供たち>
4月10日<経済の繁栄が浮かび上がらせた英国らしさ、非英国らしさ(?)>
4月12日<銀行口座からの不明引き出し事件 後編>
<BTにみる英国の理不尽な部分>
4月13日<BTにみるコトが進まない構造>
<英国人が自信たっぷりに言うことは100%信用するな、例え相手が大学の先生でも>
4月15日<ますます開く英国の貧富差>
4月1日<日本における履歴書の無意味さ>
日本のK事業団の客員研究員の募集にサリー大のN君が募集した。この手の募集のための書類書きは面倒なものだ。多くの研究者が煩わされている。特に面倒なのが、履歴書の部分だ。研究にとって関係ないと思われる、資格や家族構成、学歴まで書き込む。しかも、写真まで貼れという。研究プロポーザルだけでなぜいけないのかと、N君は怒る。
世の中には、履歴書を読む人、書く人、全く無縁の人がいるというのが、私の分類だ。読む人は、書く人の苦労やその手の書類の無意味さがわからず、書く人は、なんでこんなアホなことに時間をとられるのだといいつつ、それをしないことには活動のための金や機会が手に入らないので理不尽さを飲み込み、段々と不感症になっていく(悲しいことに、その手の文書を書くノウハウが蓄積され苦痛度が減っていく)、無縁の人はそのあたりの問題に煩わされないまま、問題として認識することもなく一生を終える。
最近変わったが、長く英国の免許証には写真が貼ってなかった。オーストラリアの免許証には写真がいるが、18才当時の写真を貼った免許証を60才、70才のご老人がもっている。家族構成をきいたり、写真を何かの判定材料に使うと、米国では問題となる。
私がサリー大学に出した履歴書には写真を貼らなかった。必要ないと思ったからだ。でも、そのことを聞いた日本の同僚の多くはびっくりしていた。
プライバシーの問題は各国のお国柄が端的にあらわれる問題だ。日本では、プライバシーに関わる要求が、余りにも無神経に、なされすぎるのかもしれない。そういえば、日本の新聞、雑誌では投稿者の学歴まで書くのが普通だが、こちらではみたことがない。本などの著者紹介もあっさりしたものだ。
半面、学位や教育に関わる資格はHPなどにしっかりと書き込む。人によっては5つや、6つも並ぶ。サリー郡(県)が父兄に配る小学校、中学校案内の学校リストにある校長の紹介には名前だけでなく、学士、修士が添えられている。うちの子供が通う小学校の校長も、公式文書の署名には必ずBA(学士)とある。
私はN君に、ことの本質ではない部分の煩わしさにちゃんと対応する律儀さ、まじめさ、順応性も相手はみているから、観念して書くしかないとアドバイスするしかなかった。
4月3日
<短期、否ファースト滞在者の英国印象記>
福岡のシンクタンク研究員T君が、3ヶ月の海外研修をスタートを英国からきった。といっても、ロンドン及びギルフォードに4、5日間だけ滞在したショート、あるいはファーストステイだ。ほとんどすべての日程を予約なしのぶっつけで回るという旅慣れた、タフガイのT君の英国印象記を以下に紹介しよう。
<Tです。イギリス滞在中は大変お世話になり、ありがとうございました。ブリュッセルでは比較的簡単に切符を買うことができ、今、ドイツのケルンにいます。海外でのメール接続も初めて成功しました。それにしても、運もあるのでしょうが、私のロンドンの印象は非常に悪いものになってしまいました。夏目漱石の気持ちがよくわかります。ただ、連れていっていただいたハープのコンサートは心に染みました。
イギリスを脱出して、まだ半日しかたっていませんし、都市規模の関係もあるのでしょうが、ブリュッセルやケルンでは食べ物が格段においしくなるし、言葉が通じなくなるのに反比例して、人は格段に優しく親切になります>
英国人はシャイだから、親しくなるのに時間がかかる。最初からウエルカムの水準が高い(けど、見定め期が過ぎると逆に親しさが失せる)米国と違い、英国の方が住めば住むほど楽しくなると、英国滞在経験者の多くが語る。妻の親戚の英国人は、警察官として英国内を転勤したとき、その地に溶け込むのに3年はかかったという。
長く滞在することでみえる国柄もあれば、短期の滞在者にみえる国柄もある。いずれも、その国の性格に他ならない。T君(現場情報を足で稼ぐ調査マンだけに嗅覚は鋭い)が肌で感じた英国の印象も、その意味では、英国の現実の1つに違いない。
<長男のクラスの学級崩壊>
子供達が通う小学校の校長が、癌治療のため、3月中旬頃、職場を離れた。昨年夏に会ったときに、短い髪の毛と顔色を見て癌の治療かなと直感的に思った。われわれが面談した直前に、癌の長期治療から復帰したばかりだったらしい。
校長の入院で、副校長の職にあった、長男の担任ブル氏が校長代理となり、担任を外れた。ブル氏は、長男が好きな先生で、私たちも好感をもっていた。いわく付きの問題クラスを昨年の9月から担当し、何とかコントロールしてきた手腕は敬服に値する。子供達の人気も高く、2月にやった劇の制作を通じて、子供達との間に信頼関係を築き、端から見ても、良い方向で新しいステージに入ったと喜んでいた。
そのブル氏が担任を外れた直後から、長男は落胆し、精神的にも不安定になった。他の子供達も同じだろう。応募してきた(おもしろいことに、個々の学校が人事権をもっている)、オートバイに乗っているという男性の先生が採用された。最初は、長男もおもしろそうな先生といっていた。
ところが、今日、長男のクラスは学級崩壊に見舞われた。余りの騒ぎように、新任の先生N氏は、よほど堪忍袋の尾が切れたのだろう、3時10分の下校時間になっても、教室から生徒を出さない強攻策に出た。そして、おとなしくしている子供から、順に帰宅を許したらしい。一貫して静かにしていたという長男は、帰宅後、自分が選ばれないことに怒り心頭だった。
凄いのは、母親の中に、時間を過ぎて出てこない状況に業を煮やし、教室に入り自分の子供を連れ出す人が何人もいたことだ。その際、新任の先生N氏に対して、かなり酷い罵声を浴びせながら。丁度、その時間は結構激しい雨が降っており、多くの父兄は雨の中(こちらの人は雨が降っても傘を差さないので)、濡れ鼠になっていたと妻は嘆いていた。
相手が何であれ、理由は何であれ、自分の子供は自分で守る母親の行動に驚くと同時に、彼我の決定的な違いを痛感する。長男からすれば、なぜうちの母親は助けにきてくれなかったのだと思ったらしい。映画スタンド・バイ・ミーのメッセージを思い出す。
それはさておき、翌日、その新任の先生は学校を休んだそうだ(!)。子供に詳しくきくと、子供達からみて、その担任の化けの皮(生徒からみた)は既に剥がれていたらしい。先週の食事時間、あの先生のことを好きかという誰かのアピールに皆が嫌いだと答えていたという。子供の直感は鋭い。その鋭い嗅覚で、まず相手にトータルの評価を下し、あとはその直感的評価を日々、検証していったのだろう。そして、今日、それが何かのきっかけで全体行動となってあらわれたと思われる。
もちろん、うちの子供たちからみて、こちらの生徒の態度も原因だという。つまり、非常勤、臨時の先生に対しては、誰彼の境なく、反逆的な行動にでるという。つまり、なめてかかるのだ。新任の先生が仮採用であることを、親からの情報もあって、知っていたのだろう。そうだとするなら、世間ずれしすぎていて、子供の行動というより、親の価値観や態度が反映された顛末だったといえなくもない。
妻は、先週、そのN先生と立ち話をしたとき、「問題のクラスだよ、最近も辞めた先生がいた」と冗談ぽっくいったら、彼は、「俺は大丈夫、絶対辞めない」といっていたそうだ。一度亀裂が入った先生と生徒、親の関係がどう変容するのか、しないのか・・・・確認したくもない事柄の推移を見守らざるをえなくなった。
4月4日<朝起きたら雪、いい加減にしてほしい>
ずっと天気が悪い。ぐずついた天気は精神衛生上、よくない・・・・と毎日ぶつぶついっていたら、今朝は雪。おお、やってくれるじゃねえか、といった感じ。期待を裏切らないといえば、その通りの英国らしい天気が4月になっても続く。じらすのは、もう程々にして欲しいと、空に向かって悪態をつく。
4月5日<千両役者スティングのコンサート>
スティングは、妻が、ポリス時代から好きな歌手だ。私にとってスティングは、リズムは好きだが、歌詞がほとんど聞き取れず、好きでも嫌いでもない歌手。音楽性を抜きにしていうなら、日本の捕鯨を英国で批判する一方で、同じ時期に、日本で、自然の松林を伐採してつくったバブルの塔、宮崎シーガイアのテレビCMにでていた、単なる見せかけのタレントだとしか思っていない。それでも、2度ほど日本でコンサートにいっている。
ホールは、ロンドンはハイドパーク南のLoyal ALBERT Hall。表記上は3階にあたる、下から数えていくと6段目にあたる最上階の一番後ろ、ステージを斜めに見下ろす席から観賞した(その上は立ち見席)。このホールに入ったのははじめて。圧巻である。ステージを見下ろす形の、深い楕円形ホール。欧州でよくみるスタイルだが、大きさには圧倒される(この深さもあって映像効果は素晴らしかった)。
7時半開演。前座がはじまり、40分程度で終わる。席はまばら。半分もいない。売り切れといっていたのに何故だ、プロモーションの失敗か、空いている前の席に移動しようかと文句を言っていたら、「5分前です、お席におつきください」のアナウンスと同時に、ほとんどの席が埋まっていった。な〜んだ、と気が抜ける。
結局、8時半過ぎから2時間ちょっと、スティングは、ほとんどしゃべることもなく、歌い、演奏しっ放しのステージを繰り広げた。私より年上のはず。その体力には驚嘆。音域はないが、独特の声でめいっぱい歌える強靱な喉には、本物だと頷くしかない。
途中、最新アルバムBrand New Dayのボーカルとして協演しているS(名前は不明)も出演。声の時代(生の声の醍醐味が再評価される)の到来を予感させる。
ステージの目の前に設けられた一番値段が高い席では、50分を過ぎた頃から、ステージの前に観客が押し寄せ、スティングとの共演、一体感を楽しんでいる。日本だと、係員がいて阻止されるところだ。そのノリノリの様子は、ステージから遠くの席でもみられ、全体が終演に向かって段々と盛り上がっていく。その様をみるにつけ、さすが千両役者といわざるを得ない。
ただし、その千両役者をもってしても防げないのが中座だ。トイレなのか、何かを飲みにいっているのかわからないが、中座する人が多い。長い席の真ん中にすわっている人が中座しようとすると、こちらの人は体がおおきいだけに、皆たって途を空けるしかない。そのこともあって、ステージや全体的な雰囲気とはやや異なる動きが妙に気になった。こちらの人はトイレをコントロールする習慣が付いていると思っていた私には、ちょっと意外な観客サイドの動きだった。
結局、帰宅は、途中渋滞にあったこともあって12時半。ビールとワインをあおって、メールをチェックして、1時半過ぎに床についた。コンサートは楽しいが、後が疲れる。こういうとき、ロンドンに住んでいればよかったと、つくづく思う。
4月6日<far eastはるか西の彼方>
英国における日本の認知度は高いか低いか、と日本の方に、時折、メールで聞かれる。新聞に載った日本の記事としてすぐ思い浮かぶのは、ソニーの盛田氏の死去、小渕首相の突然の辞任、有珠山の噴火、ポケモン関連記事、英国好みのアンチハリウッド的な日本映画や、ケーブルTV等で放映されている日本のテレビドラマ(先週は西遊記:堺正章主演の20年以上も前のドラマ)の紹介、働きづめの日本人、経済の状況、英国在住の日本人(?)作家石黒氏(40年前に両親に連れられ移り住んだ地は、なんとギルフォードだった)の新作小説のレビューなど。頻度にして月に2〜3回だろうか。
確かなことは、多くの英国人にとって、所詮、日本は「はるか西の彼方の国far east」でしかないことだ。韓国も、中国も、香港も、台湾も、シンガポールも日本も、みな一緒くたになっている。地図で日本や韓国、シンガポールを識別できる人は希であろう。妻は、シンガポールと日本のことがダブる英国婦人に、「大変ですね、鞭打ちの刑があって」といわれたという。
もちろん、その種の一緒くたの認識は、日本ににおいても同じだ。日本人で、欧州の地図をみて、オランダやトルコ、ポーランドがどこにあるかをすぐに識別できる人は希だろう。関東の人が九州の地図で、県を識別したり県の名前をあてるゲームに臨んだとして、当てられる人は3分の1もいないだろう。
英国の事情も、日本がちゃんと認知されていないということではなく、人間の興味が如何に狭く、興味外のことが如何に漠とした情報としてしか蓄積されていないか、ということだろう。日本に対する低い認知度を知っても、落胆したり憤慨することはない、のである。大江健三郎氏の言葉を借りるなら、あいまいな日本のイメージこそ、日本にふさわしい印象かもしれないのだし。
4月7日<英国のキレる子供たち>
長男の例のクラスで、今日も事件があった。サッカーで遊んでいるとき、スライディングでボールをとろうとしたKが、倒したAを、なぜか押し倒し、馬乗りになり、地面に顔を押しつける暴力をふるった。この小学校では、全体責任というサンクションが珍しくなく、サッカーで遊ぶことが数日間、禁止された。それに腹を立てたクラスの何人かが、Kの着替えをばらまきシャツを水につけ、持ち物を散乱させ、ランチボックスをどこかにすててしまった。さらに、入ってきたKとRが殴り合いの喧嘩となった。そこに先生(例のN先生)があらわれ、Kを強引に連れ出した。その連れ出し方が余りにラフだったので、たまたま4年生の授業を手伝いにいっていた妻がなかに入って落ち着かせたという。
以前の便りでも書いたが、うちの子供が通う小学校では、この手のトラブルが多い。必ず、暴力沙汰となる。ギルフォードは多くの英国人が憧れる街の1つだが、その中にも、deprived spotと称される、英国の中でも上位ワースト地区にランキングされる貧しい地区が存在する。そのエリアにあるのが、うちの子供が通う学校に他ならない。娘が最近、誰々のお兄さんは刑務所にいる、○○のお母さんも刑務所にいたらしい、多くの子供がお父さんは死んだといっている(片親だということを間接的に表現していると思われる)と話していた。これらは米国の話ではなく、英国の話である。
感情を抑えられない、子供の表現だと超わがままな子供が、この小学校には多い。英国では例外的な人たち、エリアだといわれそうだが、先進国の中で貧しい人の人口に占める比率は、英国が一番高い。あの米国を大きく上回る水準である。
日本の学級崩壊は貧しさと関係しているとは思えない。それだけに、平均的に起こる現象なのかもしれない。その点、英国の恥部ともいえる、サッカーのフーリガンが一部の階層出身者であるのと同じように、英国の学級崩壊は一部のエリア、学校に限定されている可能性が高い。しかし、紛れもなく、英国の決して少なくないグループの現状を反映した現象であることを強調しておきたい。K君は勉強はできるが、うまく友達とやれないことがこれまでも多かったと息子はいう。いまの父親は3人目だとも。家庭環境が子供の心に及ぼす影響は絶対ではないが、皆無ではない。
学校の目下の課題は、N先生が続けてくれるか否かだという。彼以外に、応募してきた先生はいないからだ。そして、N先生をサポートする人を、ボランティアか有給で雇えるかも重要な課題である。しかし、ボランティアの確保はエリアの特性を考えるとき期待できず、有給のサポーター獲得は予算の制約で難しいだろう。ブレアが進める教育改革の桎梏となる状況を、そこに集約した形でみることができる。
(後日談:2日間の謹慎を課されたKは土日を挟んで4日ぶりに学校に顔をだした。彼の方から「あのことは忘れよう」といって、敵対した相手に握手を求めたらしい。こういうタフさ、しこりを残さない交渉ぶりは日本人には真似ができないところだ。子供曰く、こちらの子供は、親友だといっていたら、すぐに喧嘩し決裂する、と思っていたら仲良くなり、そのうち喧嘩するといったことを繰り返していると)
4月10日<経済の繁栄が浮かび上がらせた英国らしさ、非英国らしさ(?)>
経済の繁栄は、日本のバブルがそうであったように、その国の輪郭を浮かび上がらせる。英国についていうと、次のような英国らしさが目につく。
英国では、経済が繁栄する中、自然の成り行きとして、不動産価格が高騰している。新聞によると、イングランドの4分の3は、平均的な家を購入するのに年収2万ポンド、8つの県(郡)では4万ポンド、ロンドン中心では7万ポンドが最低でも必要だと報じられている。
日本の場合だと、「一般庶民、サラリーマンから遠のくマイホーム」といった見出しが新聞紙面を飾りそうだが、英国の新聞では、学校の先生や看護婦さんが家を買えなくなるので、不動産が高い地域では、彼らが担うサービス供給が十分でなくなるといった点が強調される。つまり、庶民とかサラリーマンとかいった平均的な人の目で評論するのではなく、誰に対するダメージが社会からみて大きな問題であるかといった視点から論じる。
不動産価格の上昇が及ぼす影響は一律ではない。日本でも、実は当たり前のことである。したり顔のマスコミ関係者が、平均以上の給与をもらっていながら、庶民やわれわれサラリーマンといった言葉で問題を論じるとき、白々さ、虚しさを多くの読者は感じているはずだ。
読者がマスコミに期待する役割は、庶民や一般のサラリーマンと同じ立場であることを装った欺瞞の報道ではなく、社会的な視点から、突き放して、問題を評論する姿勢だろう。そのような姿勢があるところに、英国の良質の部分を感じざるを得ない。
ちなみに、小学校の先生の平均給与は2.3万(一般の人がそれくらいはもらうべきだと思っている額は2.2万)ポンド、大学の先生3.2万(3.3万)ポンド、閣僚9.4万(4.3万)ポンド、看護婦さん1.9万(2.3万)ポンド、警察官2.9万(2.6万)、公的施設のスタッフ(図書館員、管理・清掃)2.9万(2.0万)である。
他方、非英国らしさ(正しい表現かな?)を象徴するのは、英国大手銀行の1つバークレー銀行のCEOバレット氏のケース。既に基本給与は85万ポンド(1億5千万円)だが、支店172店を閉鎖して(既に計画は発表済み)、一定の経営目標を達成すると3千万ポンド(50億強)のボーナスを受け取ることになっているという。
いま英国は、金融業界の再編でリストラ、合併が進行中だ。中でも一番注目を集めているのが支店の大幅削減の動きである。高額の(といっても日本からみると、大した額ではない)現金を持ち歩いたり家に置かない英国では、少額の現金をCDから引き出す習慣が定着している。その彼らにとって、近くに銀行がない状況は、大きな利便性の喪失を意味する。これら利用者の声を無視する形で進む金融業界の再編は、まるで米国、否、経済のグローバル化を受容する国に等しくみられる状況に他ならない。
さて、バークレー銀行で起こっている現象は非英国的なものだろうか。自信がない。何しろ、階層格差に象徴されるように、英国は富の格差に関しては本家本元の国だからだ。
4月12日
<銀行口座からの不明引き出し事件 後編>
3月下旬に届いた口座記録によると、引き出した覚えがない50ポンドが引き落とされている(私にとって英国の銀行口座は小切手等の引き落としのためであり、現金引き出しのために設けたのではない)。私が1300ポンドを現金で入金した同じ日、である。銀行(といっても支店に直接電話はできないので、どこかにある電話センター)にクレームの電話をしたら数日後に連絡すると。こちらが忙しいこともあり電話は来なかった。ここまでは、サリー便り3月編に書いた通り。
今週の月曜日、支店のマネージャーから手紙がきた。カードを持って支店の方に来て欲しいと。そのうち連絡をしようと思っていたら、今日電話がきて、会いに行った。
行くと、まず事情調書みたい質問を受けた。どうやら、私が1300ポンドを入金した直後(5、6分後)に、50ポンドが銀行内から引き出されたらしい。それでも、マネージャーは私のカードが第三者に渡って利用された可能性について聞いてくる。私はnever、ever notを繰り返した。私は反論した。私が他人のカードを盗んで暗証番号も知っているなら、たった50ポンドのはした金を引き下ろすだろうかと。そのあたりのやりとりをするうちに、銀行の窓口で50ポンドが引き出されていることがレシートにあるマークからわかり、しかも私は要領がわからなかったので(この支店には入金、出金要請書の類が置いていないので、すっかりカードで入金すると思いこんでいた)、現金と一緒にカードも渡し係員がカードを読みとったといったことを話したら、マネージャーは状況が予想していたものと違うことに気づいた。つまり、内部犯行の可能性に。
とはいえ、とにかく警察に届けでてくれ、としかいわない。こちらも、そういわれると、それ以上、追求しても意味がないと悟る。日本の銀行ならまず起こらない。警察沙汰を恐れるだろうから、とにかく内部で処理しようとするだろう。
私は、ほとんど50ポンドは諦めている。悲しいことだが、こういうことがこの国では十分あり得るとわかっているだけに。ちなみに、その銀行の名はNatWestという。
<BTにみる英国の理不尽な部分>
どの国や社会にも理不尽な部分がある。以下に紹介する英国の理不尽さも、英国を必要以上に貶めるためではない。どの国にもある理不尽さが英国にもあることを、示したいだけだ。
サリー大学に4月に日本から来られたG氏と今日はじめてお会いした。電話がつながらないので、BT(英国のNTT)に連絡したが、向こうはちゃんと繋いでいると言い張るのみ。うちのBTの電話機で試してもらったが、やはりダメ。ということは、問題はBTサイドにあるはず(結果的にはBTの問題でないことがわかったが、以下のやり取りは、それに関係なく、BTのサービスの現状を垣間見せてくれる)。
ところが、このBTが曲者。家内の英国の知人の話。最近、電話の音が遠いので、BTに電話して調べてもらった。庭を掘り起こして回線を調べたが、問題なし。隣の庭に埋まっている電話線をチェックする必要があるので、隣に庭の掘り起こしを頼むが隣は拒否。本当ならBTがその交渉をすべきだが、BTはその友人に隣を説得するように指示したとか。本来やるべき仕事を他人に平気で転嫁する・・・・この手の話が英国では余りにも多い。今日の銀行の件もそう。本来なら、もう少し銀行サイドが調べるところを、被害者であるこちらに転嫁してしまう。
この無責任体質の連鎖構造が、英国では、珍しくない。
4月13日<BTにみるコトが進まない構造>
G氏がBTとやりとりした取り交わし書によると、数日前にBTの人間が来ることになっていた。ところが、G氏たちが待っていたにも関わらず、BTは来なかった。その点に腹をたてた妻が、朝一番でBTに電話をした。
BT「わかった、クレームとして受理した」
妻「じゃあ、今日明日にでも来てくれるのか」
BT「日曜日しか空いていない」
妻「でも、来るといったのに来なかったのだから直ぐにでも来るべきではないか」
BT「その点はcompensation補償を要求してくれ」
いろいろな問題はクレーム、補償要求として処理されるだけで、仕組み自体の改善なり修正の方向には進まない。サービスの水準は一向に向上しないのである。いや、サービスの水準を上げないように、クレーム、補償要求、本部一括の電話サービスがあるのではないかと訝りたくなる。
<英国人が自信たっぷりに言うことは100%信用するな、例え相手が大学の先生でも>
前日の夕方にG氏と会ったとき、教育問題で散々苦労してきた妻が、G氏の15才と16才のお子さんの学校の選択について、この学校がいい、この学校は辞めた方がいいとアドバイスした。G氏は、今日その学校へ行かれ、校長と面談し、何とあっさり快諾を得たのだ。校長曰く、「うちはサリー大学へ海外から来られる研究者の、英語が話せないお子さんを何人も受け入れてきたので、問題なしよ。それよりも、明日から休みだから、あなたたち、ラッキーね」と。
先週末、G氏は、所属する学部の退官教官のパーティの席で、子供達の英語力を試した教員達に「地元の学校は絶対受け入れてくれないから、インターナショナルスクールか何かでないとダメだ」といわれたらしい。海外から来た私や妻にも、それが嘘であることが直ぐわかる嘘、というか何の確証もないことを、英国に来たばかりの外国人に自信たっぷりに言ってしまう。
言った本人達に悪意がないだけに始末が悪い。サリー便りでも何度か書いたように、住む地区や職場、子供がいく学校が違うと体験する社会は、まるっきり異なる。他の世界を知らないのだ。これは、英国の多様性を物語っていると同時に、多くの英国人が自分たちの世界だけを頼りに、様々の発言をしている可能性を示唆する。均質社会の日本と違って、よほど努力したり意図的に行動しないと、自らの社会の多様さ(自分の世界とは違う世界の内実)を知ることは難しい。それだけに、知らないことをもって英国人を批判するのは気が引けるが、それが結果的に与える悪影響に照らすとき、批判の1つもしたくなる。どうも、ここのところ、いちいち書いていると切りがないトラブルに見舞われた、アンチ英国社会モードにやや入っている外国人の戯言と思って欲しい。
4月15日<ますます開く英国の貧富差>
今週の中頃、英国統計局が発表したところによると、昨年度(98-99)は、サッチャー政権時代以降でもっとも貧富の格差が広がった年になったそうです。具体的には、「所得階級のトップ層が富の総額に占める比率は、過去最高値を示した1988年の数字を上回った」、「所得5階級のトップ層の人が得た所得は所得総額の45%に達する(税引き後、所得補填後の数値)」、「他方、一番低い所得層が占める比率は6%」、「世帯別10階級でみると、一番上の層の平均所得は65、500ポンド、一番下は2、100ポンド」、「ただし、税引き後、所得補填後の数字で言うと、それぞれ、44、800ポンド、8、000ポンドとなる」
税引き後、所得補填後の数字でみると、所得が高い層の重税感と、低い層の相対的に手厚い保護ぶりが注目されましょうか。
選挙(まずはロンドン市長選)を前に、ブレア政権の手詰まり感を揶揄する論調が増しています。数字的にみてそれが確認されるだけに、ブレア政権にとっては苦しいところのようです。上に紹介した貧富差の数値もそうですし、ブレアがもっとも力をいれる教育においても、約束した教育関連支出額が、メージャー政権のときよりも低い水準になりそうだとの数字がだされています。
チャリティがビルトインされた英国において、チャリティを否定する発言は絶対口にできないところなのでしょう。しかし、傍からみれば明らかなように、チャリティは、貧富差およびそれを生みだす構造を温存する役を担っています。
うがった見方をすると、ブレアは、誰も表だって批判できないチャリティを役割を低下させることで英国社会の変革を進めんと、教育革命(共通試験で良い点数さえとれば、貧富や階層差に関係なく高等教育を受けられる機会の拡大を意図する)や、コミュニティ活性化策、起業家の育成策などに力点をおいているのかもしれません。最近、階層問題の解消を再び、大きなブレア政権の柱として打ち出してもいます。
英国には、貧富の差が依然として大きな問題として存在する。そのような国だということを、英国を見るにあたっては見落としていはいけないようです。