サリー便り2000年1月編

 

1月1日<英国人の生活スタイルの不思議>

 日本人留学生3名を招いて昼頃から深夜までパーティをやる。いつものように、いろいろおもしろい話がでたが、今回初めて来てくれたD君の話を1つだけ紹介しよう。D君の父上は商社マン、現在はバーミンガムの子会社の社長を務められている。英国人があまりに働かないので、D君の父親は、給料を倍にするから、忙しいときだけでも7時か8時まで働いてみろと提案したらしい。答えはNO。D君の解釈だと、こちらの人間は仕事に対する目標が低いからだそうだ(日本的な価値観でいう、いい会社に勤めるとかいい給料をもらうとかの目標に照らして)。

 前も書いたが、給与は日本に比べ高くない、物価は日本と同じか高いくらい、なのにそこそこの生活をしている。学生の中でも、欧州から来ている学生は慎ましいのに対して、地元英国の学生は金の使い方が荒いとか。N君は、スーパーでみかける、一斤50円くらいのパンをたくさん買い込むシーンを根拠に、食費を削って金銭的余裕をつくっていると解説。いまだに合点がいかぬ英国の秘密の1つだ。

1月11日〜14日<コンファランスにコミットせずに過ごす>

 サービス経営スクール主催のコンファランス(Tourism and Hospitality in te 21st Century)に出席。2年間から準備をしていたとのことだが、正直なところ期待はずれ。このコンファランスに出席することを今回の留学の目的の1つにしていたはずだが、いつものように、見極めが早すぎる私は、プログラムの半分も出席しなかった。こんなものなのかどうかの判断はできないので、これ以上のコメントは避けるが、集った人が広がりに欠ける印象は拭えない。途中、質問をしようと何度か思い立つが、質問したいことをノートに1頁分くらい英文で殴り書きするうちに、機会を逃し気持ちも萎えて、結局は座っているだけの参加で終わった。この自分の不甲斐なさにも腹が立って、おもしろくない4日間だった。

1月14日<プロミス、プロミス・・・・>

 日本では、教育の受け皿として、学校だけでなく、コミュニティにも期待する論がいまでも盛んなのだろうか?私はその種の議論に懐疑的だ。というより反対だ。なぜなら、拘束時間が長い日本の学校システムを変えないまま、コミュニティでの教育を施策的に進めようとすると、子供はますます自由な時間と空間を失うようになるからだ。また、ムラ的な価値観や体制が支配的なコミュニティが少なくなく、子供と親はムラ的なしがらみの中で、多くの時間的、精神的コストを払わされるからだ。

 英国の学校は休みが多い、日々の拘束時間も少ない。その分、様々の組織がこどもたちの受け皿として機能している。どれに参加するかは個人の自由、選択であり、日本の子供会のような窮屈さはない。その一つに、GUIDEという組織がある。ガールスカウトのようなものだといえばいいのだろうか。娘が先月から参加している。毎週、金曜日、6時半過ぎから8時過ぎまで、学校の体育館などを使って行われている。費用は参加するたびに、0.5ポンド(90円弱)払うだけ。11才から1617才までの女の子が集まり、歌ったり、鬼ごっこをしたり、遊技をしたり、劇鑑賞やロッククライミングの真似事、水泳などを行う。リーダーはボランティアで、多くは40歳代以上の方がつとめられている。

 今日は、娘が正式にGUIDEに入会する儀式の日。国旗とGUIDEの地区の旗を掲げ行進をする中、宣誓の儀式が進む。宣誓したのは次のような誓いの言葉である。

I promise to do my best

to love my God

to serve my Country

to help other people

to keep the GUIDE Law

1月15日<洗剤を洗い流さない皿洗いのスタイルは変わらない文化>

 サリー便りでは、偏見や誤った解釈を気にせず書いているようにみえるかもしれないが、一応、私なりのコードはもっている。たとえば、文化的な問題は直ぐに書かずに、時間をおいたり、複数の証言を得てから書くようにしている。もちろん、偏見やミスが混ざってないとはいえないが。

 最近は皿洗い機が普及したので見る機会が減ったが、英国人は皿を洗剤で洗った後、水や湯でリンスせず、布で拭くだけ済ます。世の中にそのような理屈に合わない皿の洗い方が存在することを知ったのは、20年近く前、英国文化を共有するオーストラリア人(家内ではない)を通してである。少ないサンプリング結果だが、ドイツ人、フランス人は洗剤を洗い流す。

 前出のD君の寮では、食器用の洗剤がなくなると、英国人はジフのような強力な洗剤を食器洗いに平気で使い、当然のごとく、リンスをしないとか。

 Wさんはフィンランド人二人、英国人一人と家を共有して生活しており、食器洗いは当番制で回している。英国人は洗剤を水や湯で洗い流さないので、英国人が当番で皿を洗った後、フィンランド人は自分が使う食器を必ず洗い直すらしい。もちろん、日本人であるWさんも。

 おもしろいのは、フィンランド人が全く英国人の皿洗いについて批判しないことだそうだ。異なる文化と共存するとは、具体的にこういうことかと思う。ちなみに、妻の義理の妹であるフランス人の家では、オーストラリア人に皿を洗わせない。

 ちなみに、妻はオーストラリア人だが、水や湯で皿をリンスする(洗い終わった皿を自然に乾燥させようとする私と、水気を拭きとりたい妻との間の文化摩擦は解消していないが)。妻の母がそうだからだという。となると、英国でも世代、個人によって異なる可能性は十分ある。

 さて、私も経験あるし、留学生N君もやったらしいが、そのことを彼らに質しても、不毛の議論が続く。価値観、生活スタイルの違いは、議論すべき問題でない。確か、オーストラリア人とのやり取りでは、水の節約のためといわれ、逆に日本の皿の洗い方が水の無駄と批判されたと記憶する。英国のB&Bでは、日本人観光客は水を使いすぎるので評判が悪いときく。タンクに貯めた湯をシャワー、炊事等に使う従来型の仕組みでは、湯の使いすぎは厳禁。その点では一理ある。しかし・・・・である。

 多くの分野で世界標準を唱え他国を攻撃する米国は、他面ではメートルやkgの普及に積極的でない。英国も、昨年、EU委員会からkg表示に積極的でないと批判をうけた。それに倣うなら、米国や英国のマイル表示は議論すべき問題ではなく、EU委員会が行っているように、攻撃すべき問題なのかもしれない。

 英国の皿洗いスタイルは、それぞれの国に、他国からみると理不尽なスタイルやルールが残っていることをあらためて認識させてくれる。英国で食事をするときは、皿やフォーク、ナイフを注意してチェックしてみるのも一興かも。

1月17日<ダニに悩まされる娘>

 信じられないことだが、学校でダニが流行っている(うちの子供が通う学校だけでなく)。特に髪の毛が長い女の子にダニがつきやすいという。先月、娘の髪の毛にダニの卵と蠢くダニを発見した。ダニ専用の目が細い櫛で髪をしき、卵やダニを辛抱強く駆除する。しかし、またうつされる。

 南アフリカからきた女性の先生が、日本ではこんなことはないでしょうが、この国にはあるんです、私も同僚に点検してもらっている、髪を染めているのでダニは居着かないようですが・・・・・と妻に語ったらしい。

 サリー大のアフリカの留学生は、英国人学生の不潔さ、私にいわせると汚かろうが何だろうが気にしない「たくましさ」に最初びっくりし馴染めなかったという。ダニくらいで驚くようでは英国では暮らせない、のである。

1月18日<ケルト系コンサート情報>

 ギルフォードホールにNiamh Parsonsのコンサートを聴きに。英国ツアーのスタートをギルフォードからきるコンサートである。私たちにとって無名のシンガーだが、ホールは満杯。いつものように、40代以上が大半を占める。コンサートはギター伴奏だけのシンプルなもの。ケルト系音楽に興味がある方は彼女のCD、Blackbirds&Thrushes(Green Linnet Records,Inc.,USA www.greenlinnet.com)がお勧めです。

1月19日<日本経済を縁の下で支える戦士たちの健在ぶり>

 ナガオカ・トレーディングの長岡社長(62才)がロンドンに来られるというので、家族でロンドンへ出かける。一時は1000名以上の社員を抱えていたレコード針のナガオカがCDの登場であっという間に倒産したのは80年代の終わり。普通ならそのままナガオカの名前は消えてしまうところだが、当時、取締役のひとりであった長岡さん(名前は一緒だが、ナガオカの長岡創業一族とは全く関係なし)が、数名の社員とともに、ナガオカトレーディングを興こされた。僅かながらレコード針の需要はあるし、蓄積された技術ノウハウや残された設備等を使えば、音楽関連マーケットでビジネスを展開できるとの読みからだ。売り上げ規模は10億円ちょっとだが、3年前には自社ビルを千駄ヶ谷に購入されるなど、ニッチマーケットでしぶとく事業を展開されている。

 昼前にハイドパークに隣接するホテルに到着、夜の9時近くまでお付き合いしていただいた。以下、備忘録的にそのときの話をメモしておく。

・私は密かに長岡さんを題材にしたノンフィクションを執筆したいと前から狙っている。今回、ライターからのアプローチはあるかと訊ねると、「たくさんあるが、お断りしている。そんな大した経営者ではないから」といわれる。私が申し込んでも、すんなりとは受諾していただけないことを確認する。

・今回の出張の目的は、英国のあるレコード制作会社を訪問すること。そこから、昨年商品を購入した。通常は、相手の会社や工場等を訪問し実態を確認して契約を結ぶが、今回は先に契約をしてしまった。そして、恐れていたように、書類の不備で商品が日本の税関を通らない状態にあるとのこと。どうして基本的で簡単な書類がちゃんと書けないのかと、英国人のいい加減さに呆れ顔。私たちが日常的に経験しているポカミスが大事なビジネス局面でも起きていると聞いて、私たちも呆れたが、びっくりはしなかった。

・同行されたSさんはナガオカトレーディングの顧問をされている、60代後半の紳士。ある製鉄会社に勤務されていた頃、ドイツに5年間ほど滞在された経験を持つ。40代の中頃、会社の方針とまともにぶつかったことから、その会社を退社。その後、信州大学の客員教授などを務められたあと、ビジネスコンサルタント、新聞社説の執筆、経営者や政治家を対象とした自主勉強会などをされている。非常に若々しい。いまのお住まいは「お台場」。気温が冬は2、3度高く、夏は2、3度低いので、いままでで一番住み易いところとおっしゃる。

・Sさんが会社を辞めるとき、奥さんに、自分が塾をやって家計は賄うから大丈夫といわれたとか。筋を曲げてまでして会社に残って欲しくなかったそうだ。その奥さんの父親は元大学の教授で、戦前は満鉄調査部にいらっしゃった。満鉄調査部時代、ソ連と戦っても勝てるはずがないので絶対戦争をしてはいけないとのレポートを書き、囚われの身に。本来なら生きては帰れないはずだったが、満州にソ連軍が攻め込み日本軍が雪崩をうって退散する直前に、突然帰国命令をうけて帰国。軍部の中枢にもレポートの内容を認め、敗戦後の日本に必要な人材を帰国させようと画策する人たちがいたらしく、彼らのお陰らしい(真相は不明)。その父にして、その娘ありだそうで、奥さんの父親譲りの気骨に、あのときは助けられ励まされたといわれる。いい話である。

・長岡さん、Sさんとも「企業や組織の命運は、その中で働く人次第、そしてトップの意識や感度が何よりも大切」と強調される。「企業が腐るときは頭から」は、いつの時代にあっても変わらない鉄則だとも。私の短い人生経験に照らしても、本当にそうだと思う。Sさんが元ホンダマンと組んで全国を行脚する企業向けのセミナーに私も是非参加したいと思う。

・時折、企業の経営者から直接お話をうかがう機会がある。ほとんどの場合、目から鱗が落ちるの例えのように、はっと目が開かれる言葉や意見を聞くことができる。長岡さんの今回の話では、企業にも選挙権をやるべきだとの意見がそれである。法人税を払っていることに加え、厚生年金絡みでそうすべきだとおっしゃる。机上の話ではなく、経営者の実感のこもった話なので迫力がある。長岡さんが厚生年金をもらおうとすると、月額28万円だそうだ(制度がそうだとはいえ、安すぎる)。しかし、企業は社員の掛け金の負担分を払っている。その分が誰にどう払われているのか、担当部局にお聞きになったらしいが、答えは「答えられない」だったらしい。その解明のためにも企業に法人選挙権を与えるべきだとの主張である。筋が通っている。しかし、筋が通った話は、日本では、そして官僚相手にはもっとも通りが悪い話になる。

・ちなみに、70才(正確には覚えていない!)まで厚生年金の支給を延ばすと、支給額は80万円を超えるそうである。お二人とも70才までは働くと意気盛んである。

・といって、今の職にしがみつく気配はなく、潮時が来るのをお二人とも待っている感じだ。そういえば、Sさんのお話のなかに、「働く」は「人が動いて、はた(傍)の人をらく(楽)にすることだ」と読み替えられるとの話があった。

・すっかり甘えて、ピカデリーにある三越の中の日本料理屋で夕食までご馳走になる(昼は中華料理をご馳走になった)。寿司を食べたいとの子供の無謀な要求にこたえていただき、25ポンドもする特上にぎり寿司を4つも注文。子供は大満足。私たちも冷酒をしこたま飲んだ。会計はしめて2百数十ポンド。これまでも随分お世話になっているが、借りをまた増やしてしまった。

・そういえば、食事中、長岡さんから、「飛行機の機上から円形の虹をみたことがありますか」と訊ねられた。晴れた日、下に雲が敷き詰めてあるとき、太陽を背にした飛行機の陰影が曇に映り、そのまわりを円形の虹が囲む。長い時間、虹に囲まれた飛行機も雲の上を移動していくらしい。そういう光景を何度もみられたらしい。そういうとき、あの円形の虹に囲まれた飛行機は自分だといいきかせるとか。そして、他人から、特に奥さんから甘いといわれようが、夢を持ち続けることが必要だといわれる。そのことばに私は頷くしかなかった。

・長岡さんらは、金曜日に英国をたってミラノへ飛び、その後はニースの音楽祭を視察されてアムステルダムで商談をおえて帰国される。日本の高度経済成長を担い、現在も縁の下で日本経済を支えている戦士たちには、時代を超えた存在感がある。

1月20日<日本に帰りたくなくなるとき>

 今日から上の息子が、スポーツセンターのバスケットボールクラブ、下の娘がスケートクラブに参加する。GUIDESと一緒で、行くたびに、たとえばバスケットだと2ポンド半払うだけ。気が楽だ。縛るのではなく、自ら参加する意欲にクラブ運営の基準がおかれている。おもしろくなければやめればいいし、やめさせたくなければ、参加するインセンティブを高める工夫をする。

 日本の、人を縛り拘束する、窮屈なクラブとは大違い。日本で、上の子は、学校とは関係ない地域のバスケットクラブに入っていた。試合中、練習中、中学の先生だという監督はきれて怒鳴る。学校の先生に常識や人間としての魅力を要求するのは無理な話(私も含めて)だが、私は見に行くたびに、何か勘違いしていると思っていた。母親たちは、コーヒー好きの先生のためのお茶当番を順番でこなす、馬鹿みたいな割り当てに従っている。皆、やりたいわけではない。

 何かおかしい、おかしいと思いながら、妻も、私も、仕方がないと諦め適当につき合っていた。特に、監督の先生やその取り巻きの母親に対して、私が何かの拍子に、彼らの馬鹿さ加減を詰問し暴言を吐くことを恐れる妻は、必要以上に従順に、役割当番をこなしていた。私よりも大人であるためなのか、私よりも日本のどうしようもない部分が変わらないことを悟っているためなのかは、わからない。

 組織を運営する方も参加する方も自分がしたいからやっているという、個人の自由な選択に組織運営の基準をおく英国の良質な個人主義に接するとき、組織に構成員や関係者を封じ込め縛ることに組織運営の基準がある日本には、帰りたくなくなる。いつもの、英国に批判的なニュアンスとは違う、勝手な言い分だが。