9月1日
 大学へ行き、ゲイに会いプレゼントをわたす。日程表をもらう。その日はなにもせず。栄美は朝、夕の隣の犬の散歩に一緒に行くのが日課に。

9月2日
 午前中、conferenceに参加、午後はworkingへショッピング

9月3日
 午前中はconferenceに参加、午後はダウンタウンへショッピング、印鑑を送る、古い電話をBTへ送る。郵便の料金表が欲しい。日本では出す郵便をすべて自分で計って切手を貼っていた習慣があるからというのではなく、情報が欲しい。電話に関しても料金表がない。1分間の基本料金がいくらか、日本や他の国への国際電話の時間帯別の料金はいくらかなど知りたいが、すべて電話でいちいち聞くしかない。
 conferenceにでて思うのは、内容的には大したことはなくても議論を楽しむところに重きをおいていること。こちらの料理一般のコンセプトと一緒。料理は質素でたとえ不味くても、食卓談義に重きがある。だからことばのハンディがある外国人にとってはそこが一番つらい。また、規模は小さくても国際会議としての体裁を整え、包括的なプログラムを組むところも見習いたい。下のプログラムだけをみると、かなりの数の参加者、発表者を想定してしまうが、実質20名前の集いだ。ちなみに、サリー大学SMSSはinternational Journal of Wine Tourismを発行している。conferenceに参加してはじめて知った。

" Wine Tourism Conference " at SMSS(Scool of Management Studies for the Service Sector), University of Surrey
wednesday 1 sep
session1 Opening and Overview
session2 The View From Down Under
thursday 2 sep
session3 What is Wine Tourism?
session4 Motivations and Marketing
session5 Wine Tourism and Economic Development
session6 Wine and Routes and Development
friday 3 sep
session7 Education and Trainig
session8 Wine and Society
session9 Plenary Discussion

9月4日
 午後、お隣さんが勧める中古車店(というよりガレージ)へ車をみにゆく。ATで3600ポンドの英国車をみてほぼ決める。そこの奥さんが乗っている車でまず安心。経営者も非常に親しみやすい。

9月5日
 ロンドン南のRICHMONDO Parkへ行く。そこで野生の鹿やリスに会う。帰りは道に迷うが、ヒースロー経由で帰る。
 本屋の店頭で見つめたフリーのインターネットソフト(WHSmith online、日本でいえばNTTとマイクロソフトが組んでつくったソフト、これ以外にも街のあちこちでフリーのインターネットソフトがばらまかれている、本当に電話代だけでインターネットにアクセスできるが、ただほど怖いモノはないというように、何か臭い)をインストール。また、これがダイアルアップ段階でつながらず、ローミングサービスのときと同じエラーメッセージがでてくる。これで半日以上をつぶす。
 サポートサービスに電話をして2回目の電話で、問題が何であったのか判明。all countryの0845・・・の電話番号の場合は、ダイアルアップの設定で市外に0845をいれてずに市内電話にすべて記入するとのこと。ローミングサービスのときも、これがわかっていたらあっさり、いけたのにと地団駄を踏む。ロンドンや大きな都市にいると関係ないのだが、地方にいると同一料金のアクセス番号(all countryやnational wideの番号)が一般的で、その入れ方がわからなったわけだ。解決してしまうと、だいたい、こんなもん、経験した人でないと入手できないノウハウが身に付く日々だ。
 あいかわらず、AOLには手こずっている。まずコンセプトが嫌いだ。つまり、AOL以外のソフトが使えない。使い慣れたベッキーのメールソフトを使いたいが、POPなど設定に必要な情報を一切教えてくれない。こちらで手に入れたフリーのソフトではPOP、SMTPアドレス名が明記してある。AOLは問い合わせには答えない方針だとのこと。接続は確かに馬鹿ちょんだが、あとはお粗末。なぜ、日本でAOLが普及していないかわかる。少なくとも、オープンがコンセプトの時代に逆行している。

9月6日
 朝、保険会社へ電話、1社は500ポンド、もう1社は350ポンド。後者はガレージ店が紹介してくれたもの。電話で連絡することでことが足りる便利さはいいが、英語力がないと難しい。対面だと何とかなっても。
 午後、銀行口座をつくるために銀行に行くが、持参したパスポートや住所証明(BTの領収書等でも可)の他に、借家契約書か日本の銀行の保証書(口座をもつにふさわしい人物だという)が必要だといわれ退散。今週に入り、学生風の若者が目立つようになった。大学がそろそろはじまるからだろう。
 いまの家に引っ越してきて腰が痛くなったたりするのであらためてみてみると、マットレスが柔らかすぎることに加え、ベットのバースの台の板が曲がっていた。急遽、ベットをみてまわるが、マットレスとベットのフレームが一体になったものは300ポンドから500ポンド。安い高いというよりも、触手が動かぬ。150ポンド程度のシンプルなフレーム(木の四角の大枠に横木がしっかりとはりつけてある)方が寝心地がよさそう。
 いままで見過ごしてきたダウンタウンの一番の目抜き通りの中の雑貨屋に入る。私は、念願のプラスチック製のコーヒーフィルターを発見し歓喜、妻も、野菜や果物の皮を切るカッターをみつけて満足。
 夕方、お隣さんの犬の散歩につきあう。家のすぐそばにある、今まできづかなかった雑木林、とにかく広いパブリックスペースを散策する。コモンズのなんたるかを身をもって実感。夕方以降は来てはいけないところらしいが、昼間でも迷いそう。
<1050>累計3900

9月7日
 12時半までにレンタカーを返さねばならないので、10時過ぎに非食料品だけのSCへ行く。目的はCDラジカセと短い電話延長線を買うこと。ついでにマウスマットも買うが1種類しかない。味もそっけもない品揃えだが、こんなもんだろう。暇なので冷蔵庫をいくつか調べてみた。基本は下半分が冷凍室、上半分が冷蔵室だが、新製品の中には上下が反対になっているのもある。ただし、基本は2つの温度帯でシンプル。いうまでもなく、冷凍室の容量が半分かそれ以上を占める。不思議なことに備え付けの卵のケースは6個しか入らない。
 レンタカーを返して、ガレージに行く。買う予定の車の試乗。久しぶりのAT車に何ともいえない、慣れない気分(この10日間ほどはMT車を運転していたから)。契約を済ませて、ダウンタウンへ。途中、FUTONという名の布団屋による。TATAMIがベースになっているベットをみつける。
 私は念願の半ズボンを、スポーツ店で購入。13ポンドもする。日本だと、スーパーで1000円前後で購入できるのに。こちらの商品選択幅の狭さにはいつもながらうんざり。決して物価は安くなく、20ポンドなんてすぐ使ってしまうのに、相変わらず、店頭では20ポンド紙幣の偽物紙幣か否かのチェックをする。このスポーツ店では、よくみえないが、機械に通してチェックする。笑ってしまう。こういう場面に出会うと、私の悪い癖で、からかいたくなり、お釣りの5ポンド紙幣を受け取る前にチェックしてもらう衝動にかられるが、「殿、ここは殿中(海外)でござる」との天の声に従う。
 
9月8日
 今日は子供たちの登校日、学校の初日。少し緊張気味に皆で学校まで行く。
 9時過ぎには、自宅へ帰る。午後は銀行へNatwest Insuarance。パソコン画面を通じての口座登録。日本の感覚でいうと大げさ。200+350ポンドを入金。
 お隣さんの話だと、こちらでは自動車保険は同じ会社に長くはいるほど高くなる、それで毎年契約先を代えていると。真偽のほどはわからないが。
 子供たちは算数が簡単すぎて・・・といって無事一日を終了。

<1750> 累計5650

9月9日
 午前中大学へ行って図書館のカードを作る。その場で写真を撮り、コンピュータで読みとってカードを作る。機械はどうみても古いのに(隣の研究室の中国からの研究者にあてがわれたコンピュータのウインドウズはver3.1)、変なところが自動化されている。昨日の銀行もそうだし、どうも車の保険もパソコンに入力するだけで金額が決まるらしい。夜中に眠れず、起きて英国へ持ち込んだ原稿3本のうち2本をほぼ書き上げる。午後、最終的な手を入れてプリントアウト、封筒につめる。
 丈一の算数の宿題はかけ算。125×25=125×(100/4)
=12500/4で計算させる演習問題
 11時過ぎのテレビでブラと生理用品のCMをはじめてみる、この時間帯しか放映が許されていないのか。確かにある時間帯をすぎると、何でもありの感じがする。

9月10日
 車を購入、残金3595ポンドを支払う。まだ慣れない。お隣さんの薦めがなかったら、いい中古車店に出会うことはなかっただろう。車で子供たちを迎えに行く。2週間近く、いい天気が続く、うそのようだ。昨日仕上げた原稿を午後に送る。
<1400+200>

9月11日
 トイレの水槽を開けて、水を調整する弁および浮き輪がいかれていることがわかる。水がたまるのに時間がかかる、たまった水が流れない原因(浮き輪がひっかかって必要な水量がたまらなかった)がわかる。まさか、水の節約ためにしたわけではないだろうが、異様に浮き輪と弁をつなぐ鉄の棒が曲がっている。
 午後は周辺の街を車で散策。周辺は軍の施設が多く、夕方、戦車、装甲車等が野外に陳列されているミュージアムで時間をつぶす。

9月12日
 45分ほど走る。夜、神田さんへ電話、中央経済社へFAX。

9月13日
 深夜、FAXが入る。中央経済社からだと直感するが、朝まで眠る。書名が「集客モードの時代」のビジネス、定価が2500円(私の希望は2千円以下)だとのこと。これはダメだと思う。
 昼近くから大学へ行き、図書館で資料等を探索、WTO関係の資料をみつける。大学の論叢等はみつからず。夕方、大家のマイクがソファーを取り替えによる。夜は、子供を対象にした演劇ワークショップの視察にでかける。全く自由なところからスタートしていることに驚く、最終的にはOscar Wilde のTHe Importance of Being Earnestにもっていくというから先が楽しみだ。
 送った添付ファイルが読めないとのメールをもらう。何が原因だろうか(中には解凍ソフトでちゃんと読めたよとのメールもある)。

9月14日
 迷っているが、中央経済社へFAXを書こうと思う。「集客モードのビジネス革新」、「集客ビジネスのモード革新」などの方がまだよかったと。

9月18日
 guildfordから8マイルほど離れたfarnhamの城でひらかれるコンサートに出かける。8時から。Early music with a strong Jewish and Arabicliltだとの説明だが、私にはハンガリーやトルコ風のメロディに聞こえる。集まったのは40〜50人くらい。多くが高齢で会員として運営に参加している方々。前半部終了後の休憩にはワインが用意された。私はいやしく、赤と白を1杯ずつ飲む。

9月19日
 昨日から意を決して、締め切りがとうにすぎた3本目の原稿の準備にとりかかる。昨年暮れから今年のはじめにかけて行った大量のアンケートデータ解析をもとに書く予定だが、もう一度、解析をし直す必要があるのでいままで躊躇していた。統計の検証に使うt値などのデータを拾いに大学の図書館で2時間近くをすごす。

9月20日
 夜は、ダウンタウンにあるElectric TheatreにKathryn Tickell Bandのコンサートを聴きに出かける。150名規模のホールが満席。彼女はNorthumbrian pipesの奏者。バイオリンも弾く。バンドは彼女の他にバイオリン・エレキギター奏者、ギター奏者、アコーディオン奏者からなる。休憩をはさんで2時間の演奏、なかなか聴かせる。席が前の方で雰囲気が伝わる。小ホールなので観客と一体となった雰囲気もいい。休憩時にビールやワイン、ティーを飲むのがこちらのパターン。私はCDを購入し彼女にサインをもらう(CDは悪くないが、ライブの方が格段によかった)。

 今週から、計算作業と原稿執筆に集中。夜は酒をやや飲み過ぎるくらい飲んで、早めに床につく。朝早く起きて、朝食までの3〜4時間作業に集中し、午前、午後と計算に費やす日々を送る。したがって、余り書くべきことがない。

9月23日
 それでも、23日の木曜日は、午前中walkingツアーに参加する。英国では歩くことが市民の権利として確立されているときいていたので、参加したいと前から思っていた。7人ほどのツアーで2時間ほど牧場や小山を歩く。参加費は1人4ポンド。ガイド役の彼女がポイント地点で説明する。途中、野生の山羊が生息する、ナショナルトラストが買い取り管理するエリアを通る。public footpathの意味するところが何となくわかる。昼食はパブ風のちゃんとしたレストランで高い料理を食べて帰る。
 夜、SMSSのマスターコースに在籍の日本人の女性から電話が入る。近くに引っ越したとのこと、ドクターに進むのは諦めたとか、マスター論文が通るかわからないから。書き直し点をとると、来年まで1年かけて書き直すことになるらしい(厳しい)。ホテルに勤務していた方であり、戸惑いも多いのだろう。サリー大学に日本人が30人以上いるときいてびっくり(SMSSのマスターコースには彼女を含め3人の日本人女性がいるとはじめて知った)。そういえば、水曜日の朝、図書館で朝日新聞を読んでいた日本人の男性を発見。日本人の存在よりも日本の新聞があることを発見してちょっとうれしい半面、何か気が抜けた(情報遮断でどこまでやれるか試してみたかったので)。

9月25日
 作業中、エクセル2000が時々、終了しなくなり、直後に画面がフリーズする。原因はオフィスの前のバージョンのあるシステムファイルが残っていること。それをオフィス2000のものに置き換えれば解決するのだろうが、何かの拍子でエクセルが使えなくなり解析作業が中断することを恐れて放置してきた。土曜日の朝、解析が壁にぶちあたり途方に暮れていたこともあり、思い切って、どうにでもなれという気分で、オフィス2000のディスクを使ってファイルの修復を実施。無事、問題のファイルは2000のものに置き換わり、エクセルの問題も解決。
 それが幸いしたのか、良いアイデアが浮かんで、それに従ってデータ解析を行ったら、解析の方の壁も突破できた。目途がついたこともあり、午後はコミュニティフェスティバル(栄美がネットボールに参加)へ。

9月26日
 午後farnhamにでかけ時間がつぶれるが、この土、日で一気に原稿を仕上げ、夜11時30分に完成原稿をメールで送る。送った後は、気がはりすぎ眠れそうにないのでウイスキーをダブルで2杯(?)ほど飲んで床につく。ただし、朝方、習慣か、早く目がさめる。

9月27日
 朝の便で、『集客モードの時代のビジネス』を受け取る。題名にはがっくりきていたが、装丁が予想外にいいのでちょっと安堵。昼前に、50分ほどジョギング。午後は久しぶりにゆっくりし、夕方からはたまった新聞の整理をする。
<家賃の振り込み済む>

9月28日
 大学の図書館でSaltford UniversityのLawの1985年のワーキングペーパーをみつける。米国の都市観光視察と英国内の主要都市の実態調査をてがけた2本だ。彼の本のベースになったものをみつけて嬉しい半面、city sellingというタームしかでてこないことにやや疑問。まあ、当時の欧州および英国の状況からすれば、city marketing的な悠長はことはいってられなかったのかもしれない。また、small businessと tourismの関連文献も多数見つけ、あらためてこちらの懐の広さを思い知る。

9月29日
 Phdコースにいる村山さんと会う。ゼミなどなく、ひたすら論文を書いているとか。指導教授とのマンツーマンの指導だけが唯一のスクールとの接点らしく、日英の違いをみる。少し前に体調を壊したそうだが、息抜きがないと精神的に大変かも。まあ、変な雑用に惑わされず、ひたすら論文、研究に集中できるという点では最高の環境でもあるわけだが。その彼女曰く、先生たちは非常に忙しく、指導を受けるための時間をとってもらうのも大変とか。彼女を誘って昼飯でもと思っていたが、丁度、今日が指導教授と会えるかもしれない日らしく、部屋で待っているというので、再び図書館にもどる。
 大学からもらった名簿にTamura Prof Kをみつけ、普通の職員と違わない扱いに、びっくりする。まあ、いちいち区別するのが面倒なのだろう。教職員や職員の中にはパートや短期契約者がいて、それらを考慮し始めると大変だから。  
 ちなみに私の大学のメールはK.Tamura@surrey.ac.uk。まだ、使う体制にはないけど。
 ダイアンが午後からguildfordのtown tourismに出かけたので私が子供たちを迎えに行く。子供たちは、母親の遊び癖(?)がまたはじまったのかと怒りと懸念をあらわす。さすが親子だけあって勘が働く(!)。

9月30日
 朝、50分ほど走る。大学へ行くつもりだったが、ペーパーを読み始めたら昼過ぎになって、そのまま自宅で仕事を続ける。それを見極めてか、ダイアンが昨日の続きに出かけるというので、今日も私が子供を迎えにゆく。当然、子供たちは呆れていた。口が滑ってそのうち毎週火曜日にロンドンに行くようになると伝え、火に油を注いでしまった。
 スーパーの買い物で支払いにだしたカードの漢字のサインに、キャッシャーは「なんじゃこれ」の顔。このような反応を表面的に出してくれるのは、こちらにきて2人目。
 夕方、お隣さんから電話が入り、日本で原子力施設の事故があったといまBBCで報じていると教えてくれた。早速、TVをつけるが、番組はちょうど終わりかけ。

1月がすぎ、なんとなく勝手も分かってきたので、忘れないうちに整理しておきたいと思っていたことを以下、メモする。
・子供たち
隣には3人の子供がいる。日本でいうと高校1年、中学2年、小学校5年。下の二人が丈一とすぐに親しくなり、近所の子供たちを含め、毎日遊んでいる。夏は特別だからということらしいが、夕食後は8時半、9時近くまで外で遊ぶ。もちろん、TVゲームもやるし、ダウンタウンで10年前のガンダムのプラモを安く買いプレゼントしたときは、皆プラモづくりに熱中する。でも、圧倒的に外で遊ぶ時間が多い。日本の昔の子供たちみたい。
 右隣のお隣さんは、庭を大切にするちょっと変わった感じの旦那さんと、奥さん、娘の世帯。塀に犬を飼っていないのに「犬に注意」を書いてあり、そのことを近所の子供たちがからかう。お尻をみせる実力行使をするなど、悪ガキぶりを発揮する。
 ダウンタウンに遊びに行きハンバーガー店で食事をとるとき、持ち金に応じて食事をとるのもほほえましい。ハンバーガーだけ、チップスだけ、ジュースだけで、それぞれ飢えを凌ぐらしい。
 そのことと関連するが、子供たちは粗食(?)に鍛えられている。こちらは昼食をディナー、夜はティーと呼ぶだけあって、夜は簡単な料理らしいが、食べるのに5分もかからないようだ。冷凍食品の一品料理とパンだけのメニューも多いらしい。
 昼食が象徴的だが、丈一、栄美の情報によるとマーガリンを塗ったパンとスナック菓子だけをランチボックスに入れてくる子供が珍しくないという。隣の子供もポテトチップスとサンドイッチをもっていくらしい。テレビのCMでもランチボックスの中に缶ジュース、パッケージの食品2品が無造作に入ったシーンがでてくるから、平均的な食事内容なのだろう。そういえば、オーストラリアの丈一、栄美の従兄弟たちも、自分で何か(ジャムやピーナツペーストなど)を塗っただけのパンをつくって学校にもっていっていた。日本の弁当をみると、びっくりするのではないかな。もちろん、食事の構造の違いが影響しているのだが、小さいときから粗食で鍛えられている国と戦争をした我が国の浅はかさをあらためて思い知る。いま戦争したら、コンビニのおんぎりが欲しいといって日本軍は戦う前に崩壊かも。
 中学2年生のアンジュのお小遣いは1月15ポンド、小5のマーフィは10ポンド、一番上の兄はセカンドスクールに入って以来、ずっと新聞配達をやっていて月50ポンド近く稼ぐらしい。16歳になるとこちらではスーパーなどでバイトをしてもいい。新聞配達屋で新聞が遅れ辞めようとしたとき、母親と一緒に履歴書(現物を確認していない、残念!)をもってスーパー、ショップ周りをしていた。

・学校
 学校問題が今一番ホットな話題の1つ。労働党の私立大学への補助金カットで、ブレアの子供が通っている高校(Oratory school:授業料2994ポンド/年)が経営難に陥り、学校サイドが父兄に月45ポンドの追加支援を求めている。ブレアはインタビューなどで必ず、払うか否か、どう考えるかを質問されるが、個人的な問題と明言は避けている。
 丁度、来英したときが、日本でいうセンター試験の結果が発表になって、Aランクをとった高校生たちの笑顔とそうでない高校生の姿が新聞紙面をにぎわしていた。大学学科ごとにどのランクだったら入れるかが発表になり、具体的には、こちらのやり方だが、個人で問い合わせてアプライする。
 The Independentでは毎週のように、教育特集号が連載され、その半分には主に大学の教員募集がのっている。年収や条件を明記するのは欧米では珍しくないが、中には「うちの学科はAクラスの学生しかいない」をセールストークにするとことある。ちなみに、日本と違い、同じ大学でも学科が違うと別々に広告をだす。
 新聞の記事は、どちらかというと、勉強のしすぎで子供たちが大変、学校が危機だという論調が多い。私にはどこが平均なのかわからない。私の基準は、guildfordの中でdeprivedといわれる地区に立地するサリー郡立小学校、中学校の、限られた期間の、限られたサンプルからみた実情だ。
 丈一、栄美の通う学校には教科書がない。日本と違って重い教科書を毎日持ち帰りする必要がないので、カバンはビニール製で、A4版の厚手の本が1冊入るか入らないかの、薄くて軽いペラペラのもの。丈一、栄美は毎年、4週間ほどオーストラリアの親類縁者と一緒に過ごしていることもあり、英語を話すことと聞くことは、何とかこなせる。ただし、読み書きは全くゼロ。ABCすらも覚えていない状態でこちらの学校に入ったが、驚くほど早く溶け込んでいる。当初、ボランティアの方がサポートしてくれた(日本語がわかる方々ではない)こともあるが、教科書もなく詰め込みでないことが、とけ込めた一番大きな要因であろう。日本だと毎日宿題をすることに苦情を言う丈一が夜遅くまで気楽に遊んでいるのだから。
 ついでながら、授業料はゼロ。カバン、制服のシャツ、セーターはマークが入っているので購入したが、ズボン、スカートは街中の店で購入。給食は希望者のみ。週5.75ポンド。子供たちの評価はおいしい。クラスの3分の1くらいしか給食は頼んでいない。理由は経済的理由しか思いつかない。牛乳は一期分(秋期の前半9月7日〜10月24日)をまとめて払った。始業は9時10分、終業は3時10分。送り迎えは親の義務。迎えに父親の姿が珍しくないのが日本とは違うが、なぜ来れるかの理由は不明(仕事をしていない可能性もあり。まあ、日本だと昼間の学校参観等に出向くと肩身が狭いをするのが、こちらでは平気なのがいい)。
 もちろん、学校経営は厳しい状況にある。まず、スクラップアンドビルドが珍しくない。当初、子供が通うWestborough小学校は廃校のリストにのぼっていた。生け贄にするなというプラカードが8月に出向いたとき目に付いたが、そのような事情があったのだ。ただし、4年前にWebbという今の校長が来てから少しずつ良くなり、9月中旬の郡の発表だと、廃校対象校から外れたらしい。実績は生徒の数に端的にあらわれる。4年間の生徒数は95、これがいまでは190。日本の場合、人口移動で生徒数やクラス数が変動するが、こちらは校区など基本的にはなく、学校を簡単に変わる。相対的にいい学校へ移動し、そうでない学校の生徒数は減る(日本の厳密な校区制度がいかに馬鹿げているかは割愛する)。
 年間の運営予算は40万ポンド、支出構成は教職員人件費57%、臨時の支援スタッフ費13%、建物・グラウンド維持費7%、rates(学校自身が払う税金か、土地か建物を借りていてその持ち主の代わりに払う税金かは不明)4%などとなっている。
 これらの数値は、親に配られた年次報告書による。1986年教育法で親に年次報告を提出することが義務づけられている。まず5頁にわたり14項目について校長のレポートがあって、会計報告、監督部局のレポート、学校責任者のレポート、ヘルパーのレポートなどが続き、最後に生徒の評価表が掲載されている。英語の読み書き、算数、理科についてD(disapplied under sections 364/365 of the 1996 Education Act)、W(working towards level1)、1〜4段階で教師の評価とテスト結果とが併記される形で示されている。
 日本にも実はこういう評価表が内部的には存在するのだろうが、公表はされていない。こちらでは、数値的な評価が良くも悪くも公表され、それをもとに評価が下されたり、学校自身の目標が設定されたりする。

・車の運転
 3年前も1000キロ以上運転したはずだが、そのときとは違う印象が多い。街中を運転することが多いからだろうか。まず、道路に平気で駐車する。エリアが多少決まっているとはいえ、住宅街にはいると、道路を塞ごうが気にせずに車を駐車する。
 しかも、車が駐車している狭い道をスピードを落とさずにすれ違う。慣れているのだろうし、私もすぐ慣れたが、ぎりぎりですれ違えると判断したら、譲ることもなく突進してくる。もちろん、ダメだと判断したときの行動は明確だ、つまりちゃんと止まる。日本のように、意思決定が互いに遅れて、にらみ合いになる状況はいまのところ経験していないし、見ていない。
 ハイウエイでメインの道路に入るとき、後ろに余り構わず入っていける。逆に言うと、優先権は入る方にあって、車が入ってくるときは追い越し車線にはいるのが既にハイウエーを走っている方のマナーみたい。普通の道路でも、意思表示さえちゃんとしておけば、あちらが止まったり譲ったりしてくれることが多い。もちろん、これでマナーがいいというつもりはない。とにかく、スピードをだす。住宅街でも50マイルから60マイルで走る。ひやっとしたことはこれまで2回。気が緩むと危ない。



評価される。の構成だ。、違って気楽とはうy強をところが親戚たちとヒラヒラのい井濡平均的ながでもに入ったりするが、するってきたときは、